2015年5月31日日曜日

十八史略(62)-伍子胥と呉越戦争(23)

 使者の一行のなかに、彼は自分の息子を加えて、帰国のときは斉にのこした。斉の大臣の鮑氏にその息子を託した。

このことを夫差に告げたのは、西施であった。

「西施よ、どうしたのか?からだの工合が悪いのか?」

「からだではございませぬ。心の工合が良くないのでございます」

「からだは別だが、心はおなじ、と思っていた。からだの工合が悪いのには気づかないでも、心の揺れうごきはすぐにわかるはずだった。それがわからないとは。教えてくれ、心のどこが痛むのか?」

「あたしはもと貧しい洗濯女でございました。こうしてお情けを受けておりますが、いまは故郷の苧羅村に帰って、また川で衣類を洗う生活に戻りとうございます」

「なぜじゃ?わしのそばにいたくないと申すのか?」

「そうではございません。ただおそろしくて。あの方でございます」

「伍子胥だな」

「あの方はご息子を斉に残されました。後顧の憂いなく、思いきったことをなさるおつもりでございましょう。ふだんから、あの方はあたしによくありません。あたしを見るあの方の目……それはもうおそろしゅうございます。いざというとき、まず狙われるのは、あたしにちがいありません」

「心配いたすな。伍子胥め、思いきったことをしようにも、それが出来ぬようにしてやるわ」

西施の名は、『春秋左伝』や『史記』などの正史にはみえない。後漢時代につくられた『呉越春秋』など野史にしか登場しない。


 

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