「君のおかげで悔いのない一生だった」と管仲はしみじみと鮑叔牙に看取られながら、口を開いた。
「いやあ、わたしこそやりたいことがやれた。しかも命の心配をせずとも」
「あの早い者勝ち競争に負けてわたしは殺されていた。それが助かってからの40年は、おかげで死ぬ気でやれた」
「わたしは、そこを見込んで殿に推薦した。わたしは、気宇は大きかったが、小心者であった。命を落とすのが怖かった。それがあの競争で勝って、命の危険なしにでかいことができた。ありがたいことだった」
「わたしこそありがたかった。わたしは死ぬのは怖くなかった。一度死んだ身だから。天下を舞台に仕事がしたかった」
鮑叔牙は、才能、経験、知識はあったが、臆病であった。志は遂げたいが、失敗するとあっさり首を刎ねられた時代であった。鮑叔牙は、管仲を通して、自分の抱負を実現しようとした。
「あんたは責任が及ばないので、わたしに随分思いきったことをさせたな」
「わたしもあんたを殺したくないので、あれこれ考えた。だから、あんたもこうして床の上で死ねる」
管仲は、静かに目を閉じた。
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