「奚斉をどうか国外に逃してください。殿の亡きあとは、奚斉では無理なように思います」
荀息はしばし考え込んで、
「承知しました。奚斉さまと少姫さまのお子の悼子さまは、お二人とも国外に逃げていただきましょう。
「これで安堵いたしました。しかし、わが党の人たちには内密にお願いします」
「万事、お任せください」
荀息は深々と頭を下げた。
「これはどういうことですか、荀息殿」
驪姫は顔面蒼白になって、荀息に詰問した。
「こちらにも、納得いかず、お聞きしたいことが山ほどあります。まず、望みなしということが分りながら、なぜわが党のために尽力されたのですか」
驪姫は答えることが出来なかった。
逆に荀息が
「だいたいのことは察しがついています。重耳殿と夷吾殿の二派の争いよりは奚斉殿を加えた三派の争いの方が、よほど国は乱れますからな」
二派よりも三派のほうが、混乱が大きくなる。二派は均衡がとれやすい。
「しかし、あなたの思惑は、少しばかりはずれたようですな」と、荀息は続けた。
「奚斉派があなたの頑張りで、息を吹き返しました。このために重耳派と夷吾派は手を結びました」
「連合すれば、この国は鎮まるでしょうか」
「重耳さまが戻られれば、鎮まります」
「重耳さまは、戻られませんよ。ほ、ほ、ほ」
驪姫は、さもおかしそうに笑った。こんどは驚くのは、荀息の方で、
「あなたは、そこまで手を打ったというのですか」
「はい、手を打ちました」
驪姫は、再三使者を送った。大臣の名をかたったこともあった。帰国が不利なことも知らせた。また、暗殺者が送られているので、狄の地から出ないほうがいいとも大臣の名で送った。
「そこまで、手をまわされていましたか」
「驪戎の地を踏み荒らした酬いです」
「分りました。しかし、奚斉さまには、晋の太子としての役目を果たしてもらいます」
荀息はきっぱりと言った。
「あなたは晋の太子の運命など見たくないでしょう」と自裁することを暗に勧めた。
驪姫は園庭に出て、池にかかる橋から身を投じた。
0 件のコメント:
コメントを投稿