2013年9月1日日曜日

10年前の日銀議事録

  日銀の200316月の金融政策決定会合議事録がこのほど公開されました。
 
  元内閣参事官の高橋洋一氏は、当時、日銀で福井俊彦総裁が誕生した経緯について、福井総裁は小泉純一郎首相にデフレ脱却を約束して総裁になったと聞いていたそうです。岩田一政副総裁は、竹中氏がデフレ脱却のために送り込んだとも聞いたそうです。武藤敏郎副総裁には「まずデフレをとめよ」とおくったこともあるそうです。議事録をみると、それらの人たちがどのように議論を行ったのかがわかるといいます。

 岩田一政副総裁は、就任した直後の2003325日の臨時会合で、「ゴール・ターゲティング・ポリシー」という言い方ながらインフレ目標の導入を主張しています。それに対して、福井総裁は、「トランスミッション(信用創造)・メカニズムを欠いたままこれ(インフレ目標)を、ある期限を明示したゴールだと意識してしまうと、達成の自信がもてない」と発言しています。

福井総裁が「名目金利を抑えながら期待インフレ率を上げることは、現実問題として可能か、疑問がある。私共実務家としての理解では、期待インフレ率が上がれば名目金利が上がる」と述べています。

この1年後ぐらいに、高橋氏は竹中氏に、マネタリーベースを増やすと半年後に予想インフレ率が増えるというデータを渡し、それは日銀にも渡ったそうです。「まずデフレをとめよ」には、景気の低迷期では予想インフレ率ほど名目金利が上がらないことも書いてあります。

しかし、結局、福井総裁はデフレ脱却を政治家に約束しながら、その裏ではインフレ目標導入をストップさせるという面従腹背を行なったわけです。10年遅れのインフレ目標で逸失した国富は莫大だと高橋氏は言います。

このことからの反省で、日銀法改正をしてインフレ目標を制度化しておかなければ、再び金融政策が逆戻りする恐れがあると言います。しかし、誰がするのでしょう。

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