2011年8月28日日曜日

順法精神ない菅首相

 731日の産経新聞に政治記者の阿比留瑠比氏が、「菅首相は野党時代から三権分立の原則を否定し、『議会制民主主義は期限を区切った独裁』と主張してきた」と書いています。わたしは、「昨年611日、菅氏は国会での所信表明演説の冒頭で『国会内閣制』という耳慣れない言葉を使いました。『国会内閣制』という言葉は、首相が師と仰ぐ政治学者、松下圭一氏の造語で、簡単にいえば衆院総選挙多数派となった政党(与党)4年間の任期中、内閣を私物化してよいと国民から白紙委任されたと理解しているということです。4年間は「独裁」を許されると理解しているのです」と書きました。

7月に十三回忌を迎えた評論家の江藤淳氏は、かつて菅首相を『市民運動家の仮面をかぶった立身出世主義者』だと喝破した」と書いていました。

さらに阿比留氏は「菅首相にはもっと欠けているものがある。何により順法精神、ルールを守ろうという気持ちが見あたらない」としています。

菅首相が震災に当たり、安全保障会議設置法で「会議に諮らなければないらいない」と規定される「重大緊急実態」に該当するのを無視して安保会議を開きませんでした。

5月には法的根拠のないまま中部電力浜岡原子力発電所の停止を要請する。7月には、唐突に担当者である海江万里経済産業相の『安全宣言』をひっくり返し、原発へのストレステスト(耐性検査)導入を言い出した。

かと思うと、閣議にも諮らず記者会見を開いて『脱原発宣言』を打ち出し、閣内で批判されるとあっさり『個人の考え』だと引っ込めた。支離滅裂の極みである。

菅首相は昨年9月の中国漁船衝突事件では、体当たり事件を起こした中国人船長を「超法規的」に釈放・不起訴とさせた。これは結局、那覇検察審査会が船長を強制起訴すべきだと議決し、政府は赤恥をかいた形だ。

この事例で中国は、日本は恫喝すれば法をねじ曲げて対応する「人治国家」であると学習したことだろう。禍根は計り知れない

菅首相は、在日韓国人から違法献金を受けていたことが発覚しても何ら責任を取ろうとしないがごとく自由奔放に振舞っている。

マキャベリは『国家にとって、法律をつくっておきながらその法律を守らないほど有害なことはない』と指摘した。

韓非子は指導者が国を危うくする政治手法の最たるものとして、次のように記している。

『第一は、規則があるのにその中で勝手な裁量をすること。第二は、法則ははみ出してその外で勝手な裁断を下すこと』と批判しています。

さらに「菅首相の姿そのものであることが空恐ろしく、こんなトップをいただいていることが恥ずかしい」。

「自国の首相を恥ずかしいと国民が思わざるを得ない状態になっている。ここまできたら、(首相は)もう自らが身を処することを考えなきゃいけない」。

「これは、平成2011月、菅首相が当時の麻生太郎首相に退陣を迫った言葉だ。菅首相にも一片の廉恥心があり、自ら身を処してくれることを切に願う」と結んでいます。

菅氏ほど、首相に向かない人はいませんし、本人の自覚のなさは、まさにどうしようもありません。

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