2009年11月30日月曜日

前原国交大臣の手腕

 民主党の発足直後は、八ケ場ダムの工事中止、他の多くのダムも見直しを指示しました。これは、直接利害関係のない人には、好感を持たれたと思います。わたしも同感でした。ところが、早急に結論を出すと言いながら、いまだに目処も立っていないように思います。彼には、民主党代表時代の永田議員の偽メール事件で、はったりをかました時の姿が、よみがえります。結局は、どういう結論にするのでしょうか。
 次が、JALの再建問題です。JALは、昔は、たしかに国策航空会社でしたから、国の支配権が及んだことでしょうが、今は完全な民間航空会社です。国への資金援助の要請がなければ、まったく支配権はありません。先に述べた企業年金の削減など、国のいうことを聞くこともありません。しかし、JALが金融機関との交渉で新たな資金融資が得られなくなったために国への要請をしました。そして、前原相はJAL再生タスクフォースに委嘱状を手渡して、1カ月後の10月29日に調査報告書を受け取りました。しかし、大臣室の金庫に入れたままです。そして、このタスクフォースは、貧苦のJALに対して10憶円の請求書を送りつけたということです。
 前原国交相は、1月までに資産査定を行うように企業再生機構に依頼しています。緊急を要するJALの再生に4カ月の様子を見る処置をとっています。ビジネス界ではありえない鈍臭さです。人間の能力、力は、土壇場で発揮されます。まだ、前原相の手腕の結論を出すのは早いのでしょうが、どうやら鳩山首相も謝った任命を行ったように思います。前原相の性格からして、馬渕澄夫、辻本晴美両副大臣の進言には、耳を貸さないのではないでしょうか。
 大臣の手腕、見識が大事な時期です。足りないところは、他から知恵を借りるのは、いいのでしょうが、くれぐれも先のJAL再生タスクフォースのメンバーのような人たちには、聞かないでほしいものです。

2009年11月29日日曜日

政権の長さと株価

 アメリカのドル安によって、円、ユーロなどの通貨は上がっています。必然的に輸出型企業の株価は下がり、輸入型の企業の株価は上がっています。これとは別に過去の政権の長さと株価を比較しますと興味ある結果があります。直近では、麻生内閣の日経平均株価は、内閣誕生日から辞職時には、20%下がっています。福田内閣は25%ほど下がりました。このふたりの内閣で45%も株価が下がったわけですから、悲惨です。日本の市場から、投資家は逃げてしまったでしょう。
 過去15代の歴代内閣の中で、日経平均の上昇率が際立って高いのが、中曽根内閣です。就任時(1982月11月)の7896円から辞任時の87年11月には2万2795円と実に2.9倍の値上がりになっています。中曽根氏の首相就任期間は、戦後4番目に長い1806日でした。どうも政権が長く続くと株価は安心して高くなるようです。小泉内閣も1980日続き、日経平均は11%上昇しました。そのほか、竹下内閣も46%上昇しています。小渕内閣も27%上昇しています。そのほかは、概ね下がっています。今回の鳩山政権は、大きなミスがなければ、ほぼ4年間の在任期間となります。リーダーシップの不在や政局の不透明化感があると、株価は上がりません。資本主義においては、株価は非常に重要なファクターです。   
 当面の日本経済をよくするためには、円安への誘導と政権の安定運営は欠かせません。検察も献金疑惑を小出しにせずに、ドッと一度でケリをつけてほしいものです。いつまでも政局が落ち着きなく動きます。いずれにしましても、比較的長期の政権の運営を期待したいものです。そのためには、鳩山首相はもっとリーダーシップを発揮すべきです。なかよしクラブでは、困ります。1億3000万人の国民の命を預かっているのですから、真剣に首相職を全うしてほしいものです。

2009年11月28日土曜日

JALの企業年金積立不足

 JAL再建の最大の問題が、企業年金の積立不足になっています(本当は、もっと本質的なところに問題があるのですが)。新聞の報道によれば、3000億円の積立不足で、こういう状態に対して、公的資金を投入すると、この年金不足の方へ回されかねないので、JAL OBの人は、30%カット、現役社員は、50%カットと言われています。年金額の圧縮については、パナソニックなどでも裁判で争われています。今回のJAL OBが不利なのが、このままいくと会社が倒産しかねないことです。このまま、放置されますと、間違いなく倒産します。損金の方が、資産よりも多いのです。先の再建グループは、銀行からの借入金の圧縮を銀行団に求めましたが、あっさり断られました。銀行団もJAL OBも会社が破産しますと、管財人が処理します。JALのように借り入れ超過ということは、銀行団やJAL OBに払える金がないということになりかねません。JAL OBの多くが、企業年金のカットに反対していますが、普通の年金生活者からみますと、それでも恵まれています。在職中も高給に恵まれ、退職後も高企業年金に恵まれていたのです。あのGMの労働組合ですら、年金の大幅カットを承諾しました。ここは、JAL OBも呑まざるを得ないでしょう。会社が好調なパナソニックの場合は、企業年金のカットはなかなか難しいと思うのですが、会社の経営をおかしくするとして、カットをOBに通知しました。人間、ある程度は“足るを知る”ということも必要に思います。JAL OBにとって、JALが倒産すると悲劇です。年金カットに反対などと言っておれません。どうもチキンレースをやっている感じです。両方、突っ張って、ドボンということになりかねません。
 ところで、7月15日の日経によりますと、3月末で企業年金額の巨額の積立不足のところがあります。主要上場企業の積立不足額は、総額13兆502億円になっています。03年3月期の20兆8191億円以来6年ぶりの高水準でした。昨秋以降の株価の急落などで、年金資産が大幅に減ったためです。
 先のJALの企業年金もどのような運用をしていたのか、報じられていませんが、利率を4.5%を約束しているというのも信じられません。このあたりが、JALの経営陣の甘さが露出したのでしょう。
 企業年金の積立不足の多い10社は、次のとおりです。単位は、億円です。
 1.日立製作所  ▲6,866
 2.NTT  ▲5,763
 3.東芝  ▲5,446
 4.ホンダ  ▲4,566
 5.パナソニック ▲4,186
 6.三菱電機  ▲4,039
 7.富士通  ▲4,001
 8.トヨタ自動車 ▲3,929
 9.NEC  ▲3,483
 10.日本航空 ▲3,314
 株価が回復すれば、かなり不足金額は減るのでしょうが。手っとり早いのは、日本銀行に国債を買わせ、その金で株を買うのです。円高の時に多額の資金でドル買いをしましたが、20兆円も投入すれば、株価は上がり、年金の不足額は、ケリがつくでしょう。わたしに運用を任せてくれたら、みんなをハッピーにしてあげます(笑い)。

2009年11月27日金曜日

北朝鮮の拉致問題

 民主党政権になって、拉致問題担当は国家公安委員会委員長の中井洽氏ですが、どうも動いているように見えません。鳩山首相をはじめ、内閣も拉致問題には、熱心でないように思われます。こう思うのは、わたしだけでしょうか。中井氏は拉致問題解決のシンボルともいうべき青いリボンも付けていないように思います。
11月15日には、横田めぐみさん(当時13歳)が拉致されて32年になるので、新潟市内で県民集会を開き、拉致被害者の早期救出を訴えました。これには、拉致被害者の曽我ひとみさんも参加しました。
 横田夫妻はブッシュ前大統領にも会い、救出を直接訴えましたが、解決をみていないことは、衆知の事実です。中井氏がどういう方針で臨むのかも不明確ですし、鳩山首相の取り組み姿勢も見えて来ません。拉致家族も随分高齢になりました。早く解決せねば、生きている間に会えないでしょう。そう思うと、気の毒を通り越し、かわいそうになります。
 拉致問題で不思議に思うのは、この解決は、どこまで出来れば、解決と思っているのでしょう。とりあえず、横田めぐみさんが、帰ってくれば、良しとするのか。金賢姫に日本語を教えたという田口八重子さんや松元るみ子さんなど数人が帰国出来れば、良しとするのか、拉致されたという400名近くの人がすべて帰国して良しとするのか。最良の解決は、拉致されたと思われる400名の人が戻って来ることでしょうが、現実的でないようにも思います。このままであれば、以後、一人も戻らないということが起こります。どういう方法で取り返そうとしているのか、「事業仕分け」ではありませんが、中井氏は、毎週、報告してほしいものです。そして、何ヶ月たっても進展がない場合は、自らが北朝鮮に乗りこんで、拉致家族をすべて帰国させるように働きかけを行うべきです。日本に残って、国家公安委員会を見ているといったことでは、すまないでしょう。わたしは、鳩山内閣の是認派ですが。鳩山首相は、こういうところの細かさに欠けます。毎日のように拉致家族と会い、自分の痛みになるまで一心同体で行動すべきでしょう。市橋容疑者では、ありませんが、北朝鮮に行って、1週間ほど断食でもして、抗議してほしいものです。いずれにしましても、早期解決をすべく取り組んでもらいたいと思います。

2009年11月26日木曜日

興福寺の北円堂

 “お堂でみる阿修羅”展も11月23日で閉会しました。わたしは、2度ほど通いました。今日は、北円堂について書きます。南円堂は、西国三十三カ所の9番札所としてよく知られていますが、北円堂は、南円堂に比べると、知られていません。北円堂は養老4(720)年に亡くなった藤原不比等の菩提を弔うために長屋王に命じて、一周忌にあたる翌年完成させました。八角堂は廟堂としての意味をもっています。その後、2度焼失しましたが、承元4(1210)年に復興され、その後は、興福寺を襲った2度の火災も免れ、今残る興福寺の伽藍の中でもっとも古いものです。
 今回、阿修羅像がおかれた仮金堂と併催され、拝観が出来ることになりました。通常は、春秋の特別開帳時にしか見ることが出来ません。
 北円堂の諸像は、治承4(1180)年の重衡の南都焼き討ち後に運慶一門によって再興されました。弥勒如来は、源慶と静慶、法苑林菩薩は運覚、大妙相菩薩は作者不明、四天王像は持国天が湛慶、増長天が康運、広目天が康弁、多聞天が康勝、無著は運賀、世親は運助という割り振りで作像されました。総指揮は運慶がとりました。無著・世親像は、運慶の代表作というだけではなく、日本彫刻を代表する名品と云われています。北円堂の建物も国宝ですが、ここに収められている仏像のほとんどが国宝という密度の濃さです。天平の阿修羅像とは違う力強さを感じます。仏教そのものは、天平・奈良時代の方が、純粋であったように思います。興福寺が僧兵を囲ったりしたときから、仏教の頽廃が始まったのでしょう。わたしは、北円堂の国宝の仏像を束にしても阿修羅像一体をとります。北円堂の仏像は、鎌倉時代の特徴で、力強さはありますが、天平時代の仏像の内面から出て来る心のようなものがありません。天平の仏像には、知らず知らずに手を合わせるという気持ちが起こりますが、北円堂の仏像は、その気になりません。
 北円堂の柱なども800年以上の歳月で、皺のようになっていますが、味わいがあります。わずかに残る朱の色にも当時が偲ばれます。
 これらの仏像は、また開帳のときに見られるかと思いますので、奈良に来られた折には、拝観をしてください。奈良の深い良さが分かります。特別開帳の日は、年によって異なります。奈良市の観光課に聞かれますと、すぐに分かるでしょう。奈良は、薬師寺の東塔が解体修理されています。唐招提寺の金堂は、解体修理が終わりました。興福寺の金堂も再建されます。来年は、平城遷都1300年祭があります。古都奈良を是非見直す機会になればと思います。

2009年11月25日水曜日

オバマ大統領のお辞儀

 オバマ大統領が、サウジアラビアのアブドラ国王や日本の天皇陛下に深々とお辞儀をしたことで、アメリカのメディアから批判されています。オバマ大統領は、天皇の住まいの御所に招かれ、14日正午ごろ、両陛下が出迎えられるなか、御所の玄関に到着しますと、握手を交わしながら深々とお辞儀をして、「お会いできて大変光栄です」と話し掛けました。さすがに両陛下は、握手の場合には、お辞儀をなされていませんでした。そして、3人そろって御所に入られました。
 天皇が現職の米大統領を御所に招かれたのは、1998年11月に来日したクリントン元大統領氏以来です。宮内庁によりますと、昼食会には通訳以外の同席者はなく、3人だけで食事を楽しまれたということです。来日した外国首脳とは宮殿で会見するのが通例ですが、今回は双方の多忙な日程を調整した結果、御所での昼食になりました。
 このオバマ米大統領が、天皇、皇后両陛下に腰を深く折ってお辞儀した場面が米メディアでも報道され、「国家元首が頭を下げすぎ」などと議論が起きています。米メディアは、「米国人は、直立での握手が自然だ」と批判しました。15日付ニューヨーク・ポスト紙も、お辞儀した大統領の視線が天皇陛下の足元に向いていたため、写真に「いい靴ですね」と茶化した説明を付けた上、「アキヒト天皇の父は真珠湾攻撃を許可した」として「大げさなお辞儀は、米国内で物議を醸す」と指摘したりしています。こうした批判に、米高官は米メディアに対して、「外交儀礼の範囲だ。日本で米国の印象がアップしたのは間違いない」と反論しています。
 米メディアによると、オバマ米大統領が金融サミット出席のために訪問したロンドンでも、オバマ氏は、1日、英バッキンガム宮殿で行われたエリザベス英女王と各国首脳との写真撮影の前に、お辞儀をしたような姿勢でアブドラ国王と握手していました。米ワシントン・タイムズ紙は「イスラムに多大な敬意を示すために体を折り、大統領は米国の力と独立を矮小化した」と論説しました。しかし、ギブズ米大統領報道官は、9日、「握手しようと屈んだのだと思う」と述べ、お辞儀したとの指摘を否定しました。4月にも、サウジアラビアのアブドラ国王に「深々とお辞儀した」ことが野党共和党の批判を浴びましたが、ホワイトハウス側は、「握手のためにかがんだだけ」と反論したことがありました。また、ミシェル大統領夫人が英国のエリザベス女王の肩に「気軽に手を回した」ことは礼を失しているとして、問題視する報道もありました。
お辞儀をすることを英語では、「bow」と言います。この中には、「屈服する」、「降参する」という意味もあります。米メデイアは、どうもオバマ氏は卑屈な態度をとったという風に解したのでしょう。しかし、お辞儀文化を批判することは、東洋文化に対する批判に発展しかねないということで、東洋人のお辞儀には批判はしませんが、少なくとも世界No.1と自負するアメリカの大統領が、相手に対してお辞儀するのは、堪えられないのでしょう。
 オバマ氏は、ケニア生まれのイスラムの父をもち、氏自身はホノルルで生まれました。その後、インドネシアで住むなど、他のアメリカ人よりは、他文化と親しんだように推察します。わたしは、アブドラ大統領とのお辞儀の姿は見ていませんが、両陛下とのお辞儀は見ました。多少は、卑屈な態度かな思いましたが、オバマ氏に好感を持ちました。

2009年11月24日火曜日

体内時計を制御する遺伝子

 肥満の人は、体内時計を制御している時計遺伝子の働きに異常があるという研究結果を日本大医学部などの研究グループが12日までにまとめました。
 大幅に減量すると正常化することも確認しています。同大の上野高浩准教授らは、代表的な時計遺伝子「ピリオド1」に注目しました。体重(kg)を身長(m)の2乗で割った指数(BMI)が25以上の肥満男性12人(平均体重約91kg)と、25未満の肥満でない男性15人(同約64kg)と比較しました。
 午前9時~午後9時までの遺伝子の働きを調べますと、肥満でない男性は朝が活発でしたが、肥満の人はあまり変わりがありませんでした。BMI 30(体重約82kg)から24(体重約63kg)に減量した30代男性は、遺伝子の働きが肥満パターンから肥満でないパターンに変わったといいます。
 グループは、肥満が原因で遺伝子の働きがおかしくなったと分析し、この遺伝子の異常によって、内臓脂肪の蓄積が促進され、脂質や糖質の調節もうまく出来なくなるのではないかと見ています。
 いずれにしろ、肥満はよくないようです。肥満を解消すれば、異常はなくなるようですが、以前にやや太り気味の人が一番長生きするとブログで書きました。それとの比較は、この日大の発表にはありませんでした。わたしはBMIが23.9ですが、朝は機能が活発です。体内時計だけではなく、胃の調子も関係するような気がします。

2009年11月23日月曜日

就職氷河期再来

 18日、文科、厚労両省が、全国の国公私立62校を抽出し、来春卒業予定の大学生の就職内定率を調査し、発表しました(10月1日現在)。これによると、62.5%と昨年同期よりも7.4%下回ることが分かりました。下げ幅は、調査を始めた96年以降最大で、内定率も「就職氷河期」と呼ばれた03年の60.2%、04年の61.3%に次ぐ低い水準になっています。
 男子は、前年よりも5.4%減の64.4%。女子は8.5%減の61.6%でした。文系は9.2%減の61.2%。理系は0.4%増の68.5%と、女子と文系の学生の悪化が目立っています。また、私立は9.4%減の59.6%。国公立は1.8%減の71.3%と、差は大きく開きました。
 しかし、この数字を見るたびに、この年にめぐり会った人の運命を感じます。約4割の人が、就職に恵まれないことになります。現在は、就職の状況が、以前よりも苦しくなっています。楽に就職しようとすれば、派遣会社に入ればいいのでしょうが、この道を選ぶと、浮草で年収200万円以下の生活が待っています。これを打ち破ろうとしますと、大変な就活をしなければなりません。企業も大変ですが、ある程度は無理しても新卒を採用しなければならないように思います。こどもが産みたくても産めなくなりました。就職したくても就職できません。やはり、日本の社会は、おかしくなっているように思います。次の世代のためにも、もうひとがんばりしましょうか。次の世代に年金や看護を頼むだけではなく、生きれる間は、自立し、再び豊かな日本を作りなおしましょう。1億人が、がんばれば、まだまだBRIC’sに負けません。

2009年11月22日日曜日

田中義剛氏の花畑牧場の変調

 11月20日の日刊ゲンダイによりますと、生キャラメルで名をなした田中義剛氏の「花畑牧場」の経営が芳しくないようです。07年に発売した生キャラメルが爆発的にヒットし、07年3月期の売り上げが、3億4000万円だったのが、09年3月期は、143億1500万円と42倍までに伸ばしました。田中氏がテレビに出まくって、広告塔の役目を果たし、どこまでも伸びると思われました。今年になってからも拡大路線をひた走り、花畑牧場は、東京進出を果たし、渋谷、青山、銀座など8カ所に直営店をオープンさせました。しかし、ここに来て、変調を来たしたようです。この1カ月ほどの間に竹下通り店、渋谷店、青山店、銀座店(ホエー豚亭)の4店舗を閉店しています。
 花畑牧場は、8月末には、札幌の生キャラメル工場が閉鎖となり、300人の従業員をリストラしたことが報じられていました。どうしてこうなったのでしょう。一時は、東国原宮崎県知事からも北海道知事をめざすようにハッパをかけられていましたし、本人も結構その気になっていたようでした。昔から、“中小企業とデキ物は、大きくなると潰れる”といわれていますが、花畑牧場もその類でしょうか。生キャラメルだけでは、先行き不安なために豚のレストランを始めたのでしょうが、これが逆に足を引っ張ったのかも分かりません。急激に成長すれば、急激に下降します。いずれ、ゆっくり分析したいと思います。

2009年11月21日土曜日

事業仕分け

 11月11日から行政刷新会議による「事業仕分け」が開始されました。このやり方自身は、「構想日本」が行って来た予算の無駄を洗い出す手法です。最初は、2002年2月に岐阜県で行われ。その後、10県、10市町村で行われましたが、東京都、大阪府では、行われていませんし、市町村レベルでも大都市では、横浜市ぐらいで、まだ本気に取り組むべきところが、取り組んでいないように思います。
 現在、「事業仕分け」が行われているのは、市ヶ谷の国立印刷局の体育館です。馬渕澄夫・国交副大臣は、なぜ印刷局に体育館があるのか、首を傾げています。しかし、この事業仕分けは、非常によかったと思います。各テーマを1時間程度の討議時間で決めるのはどうかという意見もありますが、いたずらに時間をかけても結論は、いい方向に行くとは、限りません。それよりも自民党・公明党の政権時代よりも各大臣や議員が、必死で仕事をやっているのが、なかなかいいと思います。来年度は、やらないかもわからないといったことを鳩山首相が、発言をしたりしていますが、これはしばらくは続けるべきです。民主党の目玉の催事でしょう。
 ところで、「構想日本」とは、何者でしょう。独立、非営利のシンクタンクです。1997年、元大蔵官僚の加藤秀樹が、これまでは官のみが独占してきた政策市場に風穴をあけようと、政策ベンチャーとして、政党や政治家などからの中立を保ったNPOとして設立されました。設立以来、主に行政、財政、社会福祉、教育、地方分権など様々な分野で具体的な政策提言を行って来ました。特定の政治家や政党の影響を受けない独立性を維持しています。
 「構想日本」が、2002年から行っている行政の事業仕分けを予算編成に反映させた結果、約1割の予算を削減できた具体例もあります。この実績を背景に、この1年間で加速度的に広まり、今年度は12の自治体で実施を予定しています。
 「事業仕分け」では、実施する自治体職員と「構想日本事業仕分けチーム」(他自治体の職員、民間、地方議員などで構成)が侃々諤々の議論をします。国や自治体の行政サービスについて、予算事業一つひとつについて、そもそもその事業が必要かどうかを議論します。必要であるとすると、その事業をどこがやるか(官か民か、国か地方か)を議論します。最終的には多数決で、「不要」、「民間」、「国」、「都道府県」、「市町村」に仕分けします。「外部の目」(特に他自治体職員。いわゆる「同業他者」)を入れる、「公開の場」で議論する(広く案内し誰でも傍聴できる)、「仕分け人」はボランティア(企業がコンサル業務を行うのではない)が特徴です。
 最も「事業仕分け」が必要なところは「国」です。国の「事業仕分け」の最大の意義は、国の仕事の「そもそもの必要性」を問うことです。
 「事業仕分け」によるマイナスはないようです。唯一、気になるのは、多数決で決めるのが原則ですので、メンバーに少しおかしな人と思われる人物が入っていることです。2回目からは、メンバーの選出にも時間をかけて選ぶべきでしょう。

2009年11月20日金曜日

纒向遺跡(2)

 今回の発掘で、邪馬台国・大和説派は大和に決着したと勢いづいています。たしかに、地味な発掘作業は、大和の方が熱心なようです。最近は、九州説に加担するような発掘がないように思います。考古学に関しては、大和は活発です。
 しかし、この発掘について、寺澤黛・奈良県立橿原考古学研究所総務企画部長は「卑弥呼の治世は女王国に与しない国々も少なくなかった。不安定な時代に、箸墓のような隔絶した大型古墳が築かれたとは考えにくい」として、箸墓は卑弥呼の墓とは認めていません。箸墓が、卑弥呼の墓としますと、いきなり前方後円墳が現れたことになり、矛盾を感じます。また、魏志倭人伝にも卑弥呼の墓は、周囲が百歩の円墳と書いています。やはり合いません。墓は、円墳に始まり、方墳、ホタテ貝型から前方後円墳に進化して行ったと考えるのが、常識でしょう。
 邪馬台国・大和説の学者は、纒向遺跡から「親魏倭王」の金印が出て来ることを願っています。しかし、これが発掘されても、北九州から東征した折に持って来たということになりかねませんので、依然として結着は着きません。福岡からは、唯一の「漢倭奴国王」の金印が出土しています。仮に博多が奴国としますと、邪馬台国が大和では、あまりに遠いように思います。また、ここが卑弥呼の邪馬台国であったならば、大和朝廷に引き継がれたことでしょう。三種の神器よりももっと重要なものであったはずです。
わたしは、やはり邪馬台国は、北九州にあり、東征して、大和朝廷になったと思います。これであれば、日本書紀の記述とも合います。しかし、こういうことは、いたずらに結論を急がない方が、古代ファンにとっては、楽しみがあります。

2009年11月19日木曜日

纒向遺跡(1)

 奈良県桜井市の纒向遺跡から3世紀前半と思われる国内最大規模の大型建物群など2棟が見つかりました。これは、新聞などで報道されましたので、多くの方がご存じと思います。14、15日に現地で説明会が行われましたので、14日に行って来ました。俳優の苅谷俊介氏も現地に来ていましたが、彼に言わせると、関東ではこういう説明会をやっても100人も集まればいい方だと語っていました。しかし、纒向遺跡には、14日だけで3600名の見学者が押しかけました。14日は、前日が豪雨で足元が非常に悪かったのですが、15日は天候も良かったので、もっと多くの人が集まったでしょう。わたしが、行った日も名古屋などから、4時間かけて来た人もいました。
 纒向遺跡の調査も今回で166回になります。場所は、JR巻向駅の西側で、駅にも近く、新しい住宅が建ちつつあります。そういう中で発掘作業が進んでいます。今回の発掘面積は、300㎡程度です。これらは、発掘が終わるとすぐに埋め戻されます。前回も説明会の4、5日後に行ったのですが、きれいに埋め戻されていて、近所の人ですら、場所がよく分かりませんでした。したがって、飛鳥の遺跡や平城宮址のようにその発掘地域が買い取られるわけではありませんので、場合によっては、発掘地の上に家が建つということもあるでしょう。次回は、来年度の9月1日から11月30日の3カ月間で約390㎡が発掘される予定です。
 さて、卑弥呼は厳密にいえば、邪馬台国の女王ではなく、約30カ国の国々が共立して、女王となり、卑弥呼は、そのうちのひとつの邪馬台国に住んでいたと伝えられます。卑弥呼は、239年に、建国まもない中国の魏国に使節を送っています。女王国は、南側に接していたと思われる狗奴国と激しい抗争していました。使節は、翌年、魏帝から「親魏倭王」の金印や100枚の銅鏡を下賜されています。248年ころ、卑弥呼は亡くなり、再び戦乱が起こり、13歳の壱与という少女を王にして、治まりました。
 問題は、この宮殿跡が、時代に合うかどうかです。卑弥呼の墓とされる箸墓古墳もこれまでは、4世紀の建立と見られて、卑弥呼の墓ではないと云われて来ましたが、以前にも書きましたが、100年ほど遡って、卑弥呼の死亡時期に合うと言われたりしています。
 わたしが、現地を見て思ったのは、この位置は、大和の神体山である三輪山の西北の方向になります。この宮殿の位置からは、三輪山の眺めがよくありません。真東から見ますと、秀麗な山姿が見えます。シャーマンであった卑弥呼であれば、眺めのいい位置に宮殿を作り、三輪山の神の力を借りようとしたでしょう。当時から、三輪山は崇高な山でした。また、魏志倭人伝には、卑弥呼の宮殿には、城柵や楼観があったとあります。吉野ヶ里遺跡のように楼観の周囲に城柵がなければなりませんが、まだ見つかっていません。纒向遺跡は宮殿跡と推定されていますが、わたしは、ここは倉庫群ではなかったかと推察します。地理的に見て、この周辺は穀倉地帯であったと思います。したがって、その中心に倉庫群を建てたと思います。小規模ですが、大和朝廷時代の倉庫群とよく似ています(明日に続く)。

2009年11月18日水曜日

「不毛地帯」の低視聴率

 どうも唐沢寿明主演の「不毛地帯」の視聴率が低いようです。スタートも14%で、大作のわりに低かったのですが、その後はジリジリと下がり、前回は、9%台に落ちました。脇役もびっくりする陣容です。フジテレビが大金をかけて作った番組であることが分かります。ところが、低視聴率です。
 唐沢寿明が演じているのは、瀬島龍三氏がモデルといわれていますが、この人物にもともと魅力がなかったのか。映画の「沈まぬ太陽」でも瀬島龍三と思しき人物が出て来て、民間から再建のために乗り込んだ社長を首相の指示で辞めさせる暗い、フィクサー的な役割を演じており、どうもこれと重なって来て、唐沢寿明も割を食っています。これまでのところ、唐沢寿明の明るいところが出ていません。唐沢のイメージとしては、平成14年のNHKの大河ドラマの「利家とまつ」の前田利家の役とか、平成15年のフジテレビの「白い巨塔」の財前五郎の役とか、思い出します。それらに比べると、この壱岐正は、明るくもなく、かといって、家族にも格別優しくもなく、社内での地位も曖昧で、ただ社長が買っているのみです。今後の展開を期待したいところですが、視聴率は15%を越すことは無理なように思います。最近の視聴者は、コメディ化されたものを好むので、こういう本格的で肩の凝るものは、避けるのでしょう。
 個人的には、10月以降の番組では、「不毛地帯」が一番いいように思います。見ることができない時には、必ず録画して見ています。視聴率が低い理由としては、今どき、こういう人物がおらず、感情移入ができないということもあるのでしょう。若い人は見ないだろうということが、最初から予測できましたが、中年以上の男性も見ていないのでしょうか。壱岐正があまりにも出来過ぎで、参考にもならないということでしょうか。唐沢寿明やスタッフが首を傾げている姿が目に浮かびます。

2009年11月17日火曜日

政治家のパーティ収入

 政治家が政治資金を集めるために開いたパーティの収入は、全体で、100億5600万円でした。これも07年に比べて、12.1%減です。わたしのところに来るパーティ券の金額は、2万円がほとんどです。政治家でもなく、政治家になる興味もなく、建設・土木関連の会社でもなく、出席にメリットがありませんし、出て来る料理も芳しくありませんので、最近は、よほどのことがないと出席いたしません。
 昨年の上位10位は次のとおりです。
 1. 民主党3億624万円
 2. 秀政会(中川秀直)の2億6442万円
 3. 清和政策研究会(町村派)2億5616万円
 4. 平沼会(平沼赴夫)1億9532万円
 5. 平成研究会(額賀派)1億9666万円
 6. 宏池政策研究会(古賀派)1億7970万円
 7. 志帥会(伊吹派)1億3168万円
 8. 近未来研究会(山崎派)1億2699万円
 9. 国際政経研究会(木村義雄)1億1719万円
 10. 製薬産業政治連盟1億951万円
 民主党は、年1回のパーテイィで3億624万円を集めました。さすがです。中川秀直氏などは、8回も個人パーティを開いています。中川氏は派閥の領袖でもありませんので、個人の団体に入ります。そのわりの自民党の議員から評判が芳しくないのは、これらをひとりで使っているためでしょうか。それにしても、まめにやっています。
 20万円以下のパーティ券購入は、個人名や企業名を公表する必要がありません。通常の献金は、5万円以上であれば公開しなければなりません。したがって、パーティ券は匿名性が高いために政治家にとっては、集めやすい資金と言えます。中川氏が8回も開いているのも、集めやすく、隠しやすいということもあるのでしょう。大きな抜け穴です。しかし、政党助成金という仕組みを作り、選挙区も小選挙区制にして、お金がかからないようにしたはずなのに、相変わらず政治家は、お金をせっせと集めています。ここにメスを入れないと、お金はないが、政治には興味がある人が出ることは困難です。政治家になってほしい人に立候補してほしいものです。
 派閥でトップが落選した場合は、政治家として、お金を集めることはできませんし、管理も出来ないはずです。山崎氏などは、来年の参院選挙に鞍替えして立候補するつもりですが、当選するという確証はありません。そのときは、これらの資金はどうなるのでしょう。額賀氏なども同様です。黙って譲るなどは、考えられません。唐草模様の大風呂敷にでも包んで持ち出すのでしょうか。

2009年11月16日月曜日

政党の企業・団体献金

 08年の企業・団体献金は、33億9000万円で前年よりも12.1%減りました。自民党の政治資金団体である国民政治協会への献金は、6.6%減の28億8196万円でした。これに比べて、民主党の政治資金団体へは38.1%増でしたが、自民党の25分の1以下の1億1801万円でした。
企業として最も多く献金したのは、トヨタ自動車の6440万円でしたが、すべて自民党への献金です。空気が読めない経営陣のようです。次いで、キャノンが6000万円。ここも民主党への献金は、0円です。この2社が経団連を牛耳っていたわけですから、派遣法の改悪もなされてはずです。
 その他2000万円を越える献金をした企業・団体は、次のとおりです。

会社名

民主党への献金

(単位:万円)

自民党への献金

(単位:万円)

1

日本自動車工業会

430

8040

2

石油連盟

0

8000

3

日本鉄鋼連盟

0

8000

4

日本電機工業会

300

7700

5

トヨタ自動車

0

6440

6

キャノン

0

5000

7

三菱重工業

500

4000

8

パナソニック

0

3850

9

東芝

0

3850

10

日立製作所

0

3850

11

住友化学

100

3600

12

不動産協会

0

3700

13

三井物産

200

3300

14

三菱商事

200

3300

15

住友商事

200

3300

16

ホンダ

0

3100

17

JFEスチール

0

3000

18

新日本製鉄

0

3000

19

日本郵船

0

3000

20

野村ホールデイングス

100

2800

21

武田薬品

190

2637

22

大和証券

100

2500

23

伊藤忠商事

100

2500

24

三菱電機

0

2520

25

ソニー

0

2500

26

日本百貨店協会

0

2500

27

日産自動車

0

1400

28

マツダ

0

2200

29

丸紅

100

2000

30

ダイハツ工業

150

1910

 こうして見ると、面白いです。これらの献金額を決めるのは、各会社の経営のトップのはずです。今の政権の流れは、詠めなかったのでしょうか。今回の政権交代は、早い時期から読めていたはずです。せめてわずかでも、民主党にも献金しておればいいものを、ゼロが並んでいます。こうして見ると、日本の経営がおかしくなったのが分かります。これだけ読めない人が、企業のトップに座り続けていたわけです。こういう読みのなさで、海外の強敵を相手に勝てるはずがありません。今、仮に勝てていても、すぐにダメになるでしょう。
 今回のエコポイントの決まり方をみるとよく分かります。なぜ、テレビと自動車にしたのか。業種別の献金額で見ますと、電気・通信が25.2%、自動車が21.1%です。これは、利益誘導にならないのでしょうか。民主党ももっと頭の切れる人が必要なようです。

2009年11月15日日曜日

政治家の資金力

 資金管理団体の収入で、08年のトップは自民党の中川秀直元幹事長で、06年から3年連続でした。国会議員では、唯一3億円台でした。2位は、無所属の平沼赳夫氏、次いで自民党の鳩山邦夫元総務相。4位は、あの鈴木宗男氏。民主党では、やはり小沢一郎幹事長が1位でしたが、全体では、5位でした。これからは、増えるでしょう。
 平沼氏は、自民党を離党していますのに集金力はj健在です。かれの出番があると見ている人があるのでしょうが、これだけ自民党が凋落すると、もう出番は巡って来ないでしょう。民主党とも距離をおき過ぎました。
 面白いのは、上位20人のうち、落選した人、小選挙区で敗れたが、比例で復活した人を合わせますと、9人います。資金力だけでは、今回の選挙は、どうにもならなかったようです。上位20人は、次のとおりです。圧倒的に自民党が、顔を揃えています。二階氏、青木氏、山崎氏、古賀氏といった領袖の名が20位以内にないのは、不思議です。いろいろテクニックがあるのでしょう。
 1. 中川秀直3億1560万円
 2. 平沼赳夫2億8616万円
 3. 鳩山邦夫2億7979万円
 4. 鈴木宗男 1億7376万円
 5. 小沢一郎1億6303万円
 6. 麻生太郎1億5306万円
 7. 伊吹文明1億5011万円
 8. 森 喜朗1億4712万円
 9. 綿貫民輔1億3777万円
 10. 中川昭一1億3340万円
 11. 宮川洋一1億2325万円
 12. 木村義雄1億2031万円
 13. 長谷川憲正1億2007万円
 14. 亀井静香1億1694万円
 15. 町村信孝1億1599万円
 16. 竹下亘1億1079万円
 17. 安倍普三1億694万円
 18. 中山太郎1億671万円
 19. 岡田克也9982万円
 20. 後藤茂之9970万円

2009年11月14日土曜日

自民党の借金苦

 自民党は、昨年10月20日に三菱東京UFJ、みずほ、三井住友の各銀行から25億円ずつ計75億円を借り入れ、衆院選挙の決戦に備えていました。10月21日公示、11月2日投開票の日程を麻生前首相は想定していましたが、経済危機で解散を先送りしました。このため、借金残高は19年末の63億円から119億円に一気に増えました。これまでも自民党は、選挙の折に金融機関から調達していましたが、今回とは、かなり状況が違います。野党に落ちて、政権復帰の目処が立ちません。20年の収入308億1千万円のうち政党交付金は158億4千万円と収入の51.4%に上っています。その頼みの政党交付金が議席激減で21年10月支給分から、大幅に減額されます。共同通信の試算では、自民党が受け取る22年の政党助成金は21年当初比で51億7千万円減の104億7千万円に落ち込むということです。政権を持たない、利益を生まない団体としては、致命的ともいえます。
 自民党は、党の政治資金団体「国民政治協会」が、20年に集めた企業・団体献金32億9千万円のうち29億円を受け取っています。以後、これがなくなれば借金苦は、さらに強まります。20年の借金返済額は19億円で、利息が1億6千万円でしたが、民主党が云う「企業・団体献金廃止」が実現されれば、致命的な打撃となります。来年の参院選挙には、かなりの借り入れが必要でしょうが、その余裕は自民党には残っていません。自民党の資産は、党本部建物など16億6600万円相当です。土地は、国からの借りものですので担保にはなりません。これまでの融資は、幹事長と経理局長が連帯保証して来ました。総裁でないところが、面白いですね。麻生氏は、衆院選挙を延ばしに延ばして、大惨敗。しかし、総裁は連帯保証人にはなっていません。確かに党の金は、幹事長が管理するので、幹事長が連帯保証人というのは分からないでもありませんが、次の参院選挙の時の幹事長は誰がなるのでしょう。総裁になる人がいても、幹事長には、なる人がいないように思います。
 参考までに、民主党は借金の残高はありません。22年の交付金は21年当初比で54億7千万円増加し、173億円で、交付金だけで20年の総収入を上回ります。
 自民党の支援団体のうち、日本医師会、日本歯科医師会、JAなども自民党一辺倒を見直すようですので、献金は大きく減るでしょうから、借金返済はますます難しくなるでしょう。身から出た錆といえ、これから自民党が、どう持ち直すのか、もし持ち直すことができれば、いい勉強になります。

2009年11月13日金曜日

新政権が取り組むべき課題

 少し古くなりますが、8月31日に製造業や流通、金融など大手110社のトップに対して、新政権が取り組んでほしい課題についてアンケートをとりました。1位は3ポイント、2位は2ポイント、3位は1ポイントとして集計しました。その結果、「成長戦略」が173ポイントと圧倒的に高く、次いで「年金・医療などの社会保障改革」が101ポイント、[財政再建]が56ポイントでした。「消費刺激策とその継続」は46ポイントでした。「法人税率の引き下げ」は、それよりもさらに低くなっています。
 経営者は、目の前の問題を解決するためのばらまき政策を改め、抜本的な国づくりを進めてほしいと望んでいます。政権誕生から、3カ月が過ぎようとしていますが、この視点が忘れ去られそうになっているように思います。日本をどういう方向に持って行こうとしているのか、残念ながら見えて来ません。本来は、国家戦略室が策定しないといけないのでしょうが、予算案の立案のみで、手が一杯の感じです。予算のプロジェクトチームとは、別のプロジェクトチームを早急に作って、立案してゆくべきでしょう。目の前のJALの再建よりも本来は、重要なテーマです。また、マスコミが、民主党政権を袋小路に引き込もう引き込もうとしているように感じます。国民の信に応えるようにがんばってほしいものです。

2009年11月12日木曜日

オバマ大統領の来日

 オバマ大統領が初めて日本を訪問します。目的は、アジア歴訪です。世の新聞やテレビなどのメディアは、馬鹿げた騒ぎ方をしています。「沖縄の基地問題を大統領の来日までに決着しなければならない、あるいは会談で決着しなければならない」とかで、民主党に迫っています。「会談が、すぐそこに来ているのに、民主党は、まだ何も決めていない。優柔不断である」とか、言いたい放題です。
 オバマ大統領の国内の支持率は、急激に落ちて50%ぎりぎりです。国内には、10%以上になった失業率を上げるための景気刺激策とアフガン問題で頭が一杯で、何十年もほっておかれた沖縄の基地問題は、急ぐ問題ではありません。日本から話題に出せば、日本の外交官は馬鹿です。また、北朝鮮の拉致問題、核問題も同様です。大事な問題ですが、急ぎません。それよりも経済対策とアフガン問題です。アメリカにとって、アフガンはイラクほどには、魅力がありません。テロでアメリカ軍兵士が死に、莫大な費用がかかっています。しかも、支援するアフガン政府は汚職まみれで汚れきっており、早く撤退したいのです。これに役立ってくれるのは、日本でなく中国です。日本は兵は送れませんが、中国は送れます。また、経済問題もそうです。経済にカンフル注射を打ちたいのですが、アメリカは日本同様に金がありません。中国にアメリカ国債を買ってほしいのです。
 そして、オバマ大統領の日程は、次のとおりです。
 12日 ワシントン出発
 13日 東京着
 日米首脳会談
 14日 シンガポール着
 15日 APEC出席、米ロ首脳会談、米ASEAN首脳会談、上海着
 16日 中国の若者との意見交換会、北京着
 17日 米中首脳会談
 18日 ソウル着
 19日 米韓首脳会談、ソウル発
 目立っているのは、中国との会議の長さです。これは、今、アメリカの持つ問題を解決できるのは中国のみであると考えている証しです。出発日、帰国日を含む8日間のうち、4日間は中国にいます。馬鹿なのは鳩山首相で、13日の日米首脳会談のあと、オバマ大統領を日本に残してシンガポールに立ちます。オバマ大統領の来日が遅れたという都合はありますが、オバマ氏のような人は、根に持つタイプです。自分がいないときは、どうするのでしょう。天皇陛下にお願いして、皇居での晩餐会でもやってもらうのでしょうか。最近の鳩山首相は、疲れているのか、平野官房長官の腕が悪いためか、国会の発言でも低姿勢につぐ低姿勢です。「あなたたちには言われたくありません」の発言も、わたしは拍手を送っていたのですが、自民党の加藤紘一議員に糺されて、謝ったり、どうもおかしくなっています。岡田外相も最近、えらく痩せています。長妻議員も野党のときのような切れが見られません。一度、箱根とかに行って、ドッカーンと宴会でもやったらどうでしょう。場合によっては、オバマ大統領にも、参加してもらって、鳩山首相も翌日、オバマ大統領の大統領専用機エアフォースワンに乗せてもらってシンガポールに行ったらいかがでしょう。鳩山首相がオバマ大統領と一緒にタラップを降りて来ると世界中の新聞が書きたてます。オバマ大統領ひとり日本に残すことを考えますとどれくらいいでしょう。残念ながら、こういう演出を考える人がいないようです。
 ところで、オバマ大統領の飛行機は、羽田に着くのでしょう。ここのところ羽田空港の警備が厳しくなっています。やはり、成田は遠いのです。ハブ空港は、羽田にすべきです。

2009年11月11日水曜日

鞆の浦と広島県知事選

 広島県知事選は、11月8日の投開票で、新人で無所属の湯崎英彦氏(44)が当選しました。鞆の浦埋め立ての裁判で敗訴して、広島高裁に控訴すると言っていた前県知事の藤田正明氏は、結局は立候補しませんでした。この裁判がどうなるかは、余談は許しませんが、新知事は控訴しないことを祈ります。
 鞆の浦は瀬戸内海の山陽海岸の中間にあり、満潮と干潮の差が激しいところですが、重要な船泊まりの港でした。鞆の浦を詠んだ万葉の歌が5首あります。大伴旅人も大宰府への赴任の行き帰りに鞆の浦に息子の家持とともに寄港しました。旅人は妻を大宰府で亡くし、
我妹子が 見し鞆の浦の むろの木は 常世にあれど 見し人そなき(巻3-446)
(わたしの妻が見た鞆の浦のむろの木は永遠だが、それを見た人はいない)
と、詠んで涙しました。
 江戸時代には、朝鮮通信使が鞆の浦の福禅寺に宿泊し、その対潮楼から見た仙酔島の眺めは、「日東第一形勝」と称えました。こういう景勝の地を埋め立て、橋を架けるという精神が分かりません。しかし、15年前の平成15年11月30日には、これも万葉時代から景勝地で有名であった和歌の浦に「新不老橋(現あしべ橋)」の建設計画に反対する住民訴訟が敗訴しました。為政者も裁判官も情のある人がならないと、日本の大事な景勝地をすべてコンクリートで覆うようなことになります。東京に来て、心痛めるのは、日本橋です。安藤広重の日本橋の浮世絵を見るたびにこういうコンクリートで覆うようなことを誰がしたのか、過去の人たちに申し訳ないと思わなかったのか、人間の精神を持っていない人たちだと思います。結局、こういう人たちが、日本から“ふるさと”をなくし、日本人の情緒を破壊したのでしょう。新しい広島県知事が控訴を諦めることを祈ります。もし、控訴すれば、湯崎県知事の人形(ひとかた)に五寸釘を打つでしょう。

2009年11月10日火曜日

外国人参政権法案

 民主党の山岡賢次国会対策委員長が、6日、突然、自民党の川崎二郎国対委員長と会談し、永住外国人(約86万人)のうち成年者への地方参政権付与法案を議員立法として国会に提出したいと言い出しました。この件については、「在日韓国人をはじめとする永住外国人住民法的地位向上推進議連」の事務局長を務める川上義博参院議員らが、小沢幹事長と会い、進言していました、また、以前から、小沢幹事長周辺からは、この案がささやかれていましたが、わたしは、現段階では反対です。みんなの党の渡辺喜代美代表も「参政権を行使したいなら日本人になってほしい」と反対しています。
 わたしが反対しますのは、在日韓国人は、韓国での大統領選挙への投票権を持っています。日本で交付されるのは、地方参政権とはいえ、二カ国での参政権を持つことになります。これは、どう見ても不合理です。渡辺氏がいうように日本での参政権を持ちたいならば、やはり国籍を変えるべきでしょう。大阪には、日本に長く住む韓国人が、多々います。パチンコで最大手のマルハンの社長も日本にこれだけ長く住むのならば、在日韓国人とは、言わずに日本人になるべきだと語っています。この人たちは、多くが日本語しか話せません。日本にしか住めないのです。いわゆるいいとこどりをしていると言われても仕方がありません。
 こういう話になると、知識人の見解を聞こうということになりますが、この知識人は、残念ながら実際の事情を知りません。以前に、外国人の指紋押捺は、好ましくないと言って止めることにしました。しかし、AさんがAさんであることを証明するには、指紋押捺しかないのです。かなり前に大阪市生野区で知人の家の前に住む人が入れ替わっていました。前に住んでいたAさんが帰国したのか、亡くなったのか分かりませんが、Aさんと名乗る別人がその家に住んでいました。こういったことが出来るのも指紋押捺を止めたためです。
 今回の地方参政権付与の法案は、もっとじっくり考えるべきです。永久外国人の多くが、在日韓国人、在日北朝鮮人です。どういう影響があるのか、参政権を付与して、どういうメリットがあるのか、海外では、どうなっているのかなど考えるべきです。

2009年11月9日月曜日

韓国の整形美人

 世界でもっとも美人が多い都市が、ソウルであると聞いたことがあります。ただし、整形美人ばかりだそうです。整形費用が安いということで、日本からもかなり出かけて行っているようです。
 11月5日の産経新聞を見ていますと、20、30代の韓国女性の98%が、お金があれば美容整形手術を受けると答えています。美容整形は、「イヤ」と答えたのは、2%にも満たないようです。また「容貌よりも心が重要」と答えた女性はゼロでした。これからの韓国女性は、心根の優しくない人が増えそうで怖くなります。今の韓国は、歯の治療と同じ感覚で整形手術を受けているようです。実際にどのくらいの女性が整形しているのでしょうか。これには、答えがありませんが、韓国紙の最近の調査で、百貨店や大学などで、1800人の女性の顔を美容整形の6人の専門家が見たところ、836人が目や鼻などを整形していると推定されました。46%になります。意外と少ないという感じもします。
 記者は、「韓国は偽ブランドに海賊版、学歴詐称、論文捏造と偽物ありの社会だから美人が本物でなくてもあまり気にならないのかも」と書いていますが、一種の社会現象なのでしょう。美人であれば、いい男性と結婚出来て、豊かな生活が出来ると思っているのでしょうか。男性の美容整形については、触れていませんが、これもかなりありそうな気がします。しかし、こういう整形美容で美人になる現象が、日本に来ないことを祈るばかりです。年を重ねると分かりますが、外形の美しさは、壊れますが、内面の美しさは、ますます輝いてきます。韓国女性も心の美しさの重要性に気がついてほしいものです。

2009年11月8日日曜日

中国でのiPhoneの売れ行き

 中国でiPhoneが、10月30日から中国聯通によって発売されました。4日間の販売台数が、約5000台でした。果たして、この数字をどう見るか。一部の評論家の中には、「世界の他の国・地域では、3日間で3万台売れ、全世界では、100万台売れた。それに比べると中国での販売は、芳しくない」という人もいます。
 iPhoneは、最初に出された時と比べますと、随分よくなっているように思います。中国での販売については、いわゆる販売奨励金が付いていません。これは、通信キャリアがアップルに支払うお金が多く、また通話料からもある一定の金額をアップルに払わないといけません。世界最大の通信キャリアである中国移動は、アップルとの屈辱的ともいえる条件を拒みました。
 中国で、販売が想定したよりも低かったのは、価格が高いことがあります。言葉を返すと中国聯通は、iPhoneをフラッグシップにしているものの熱心に売る気はないのかも分かりません。中国の3Gが今年に始まり、まだコンテンツの不足などもあって、思うようにユーザーが増えていません。iPhoneはメモリー容量の違いはありますが、1機種のみです。1機種でよく頑張っているともいえるのでしょう。山塞機で iPhoneに似たタイプは、“Hiフォン”と云ったりしています。これには、小型にしたものや、色の違うものがあり、しかも価格は500元(約7000円)程度というものも市場に出回っています。iPhoneは、16GBタイプで5880元(約7万8000円)、32GBタイプは6999元(約9万3000円)で、売られています。日本との収入の差を考えると、相当に高いといえるでしょう。果たして、日本でもこの価格であれば、どれだけ売れたでしょう。iPhoneの中国での展開を見守っていきたいと思います。携帯ではありませんが、あれほど優勢であったiPodがウオークマンに逆転されました。携帯でも日本メーカーの活躍を期待したいものです。

2009年11月7日土曜日

不況で女性の髪が長くなる

 美容室を経営する田谷の田谷和正氏によると、09年4月~9月期の顧客が来店する間隔が89日となり、前年同期比で2日長期化したそうです。「短い髪はまめな手入れが必要で敬遠されがち。美容室の本格的な需要回復は時間がかかりそうだ」と語っています。男性の場合は、短い髪の方が、手入れが簡単ですが、女性の場合は、短い方が大変なようです。
 以前から、不況になるとスカートの丈が長くなると言われていますが、不況になると、髪の長さも長くなるようです。短い髪はともかく、短いスカートは、早く見たいものです。景気の回復を祈るばかりです。

2009年11月6日金曜日

たばこの増税

 どうやら、たばこが増税になるようです。自民党政権の時代も一箱1000円などの構想を笹川尭氏などが、ぶち上げていましたが、実現しませんでした。そして、落選しました。鳩山政権では、1箱300円から500円くらいになるようです。1箱500円にしますと、厚労省研究班の試算では、4400億円の増税になると平成20年に発表しています。税収は、6割が地方に、国に4割が入ります。先にも書きましたが、日本のたばこ税は欧米に比べても低いのです。英国では1箱が843円、アメリカのニューヨーク州では705円です(いずれも1ドル=90円で換算)。
 喫煙者が減ったと言いながら、日本の男性の喫煙率は、約40%で英仏よりも10ポイント高くなっています。日本も世界保健機構(WHO)と「たばこの規制に関する枠組み条約」を結んでいます。男性の喫煙者は、減っていますが、女性は困ったことに増えています。
 人材派遣会社の日総ブレインが、就業時間中に「喫煙禁止時間」を設けたところ、喫煙時間を業務に当てることで残業時間が削減できたそうです。この会社では、たばこが吸える時間を「午前10時半から11時」と「午後3時から3時半」に限定し、それ以外の時間を「喫煙禁止時間」としました。就業前と昼休み時間と終業後は、喫煙出来ます。そうしますと、残業時間が前月比で減少し、6月などは17%も減ったそうです。喫煙時間の短縮が、そのまま残業時間の削減につながったわけではなく、喫煙時間によって、リズムがよくなり、メリハリもよくなって、能率が上がり、残業時間の削減につながったようです。  
 この機会にたばこの増税があると、いっそう止めてしまおうという人が増えるかも分かりません。たばこの喫煙者は、肺がんになるリスクも高く、場合によっては、麻薬以上の悪影響を与えているし、喫煙者は、健康保険料の乗率を高くすべきという人もいます。確かにたばこを止めた人間にとっては、無遠慮なたばこのけむりは、相当に迷惑です。わたしの同級生も肺がんになり、ひとりは亡くなり、ひとりは肺がんが転移し、苦しんでいます。健康を害しないように思い切って止めた方がいいのでしょうが、愛煙家からは、余計なことだといわれそうです。いずれにしろ、財源不足の政府としては、たばこ増税を実施するようです。

2009年11月5日木曜日

お堂に戻った阿修羅像

 東京と九州の国立博物館に展示された阿修羅像が、興福寺の仮金堂に帰って来ました。10月17日から11月23日まで、展示されます。早速、見学に行って来ましたが、阿修羅像に逢うための時間は、わずか10分です。それもチケットを買うための並ぶ時間です。あの東京国立博物館での混雑は、何だったのでしょう。
 阿修羅像は、仮金堂の中央前列に立っています。そのほかに20像が並んでいます。阿修羅像の後ろには、釈迦三尊像がありますが、これらよりも十大弟子・八部衆像の方が存在感があります。東京の時には、阿修羅像にのみ、スポットライトが当たっている感じでしたが、奈良では、他の仏像と同じように静かに立っている感じでした。東京では、とても手を合わす気になれませんでしたが、ここではその気になります。阿修羅像は、東京のときと違って、抱きしめたいくらいに可憐でした。男子像ですが、女子像ともとれるか細さが見る人の心に静かに入って来ます。出口に近いところに立つ沙羯羅(さから)像も幼さの残る像で、記憶に残りました。
 仏教は、大乗仏教と小乗仏教があります。小乗仏教は、インドからタイや、ベトナム、インドネシアに伝わりましたが、ここでは仏像は、釈尊のみです。大乗仏教は、さまざまの仏像を作りました。教え、解釈の違いです。
 仏像も初期には、金銅仏、塑像、乾漆像、木像など、いろいろの作り方がありましたが、鎌倉時代以降は、木造、しかも寄せ木造が主となります。この阿修羅像は、脱活乾漆造です。当時は、まだ漆がそれほど高くなかったのでしょう。後期には、漆は貴重品でこの作り方は、用いられなくなります。
 日本の仏師の初めは、止利仏師(鞍作止利)と云われております。もともとは馬の鞍を作っていた職人でした。止利様式といわれる時代を築きました。止利様式というのは、正面の姿が大事で、顔は面長で、微笑んでいます。止利仏師は、金銅仏を主にしています。この阿修羅像は、止利仏師の次の世代に作られたもので、朝鮮半島から多くの技術者が移って来て、製作したものです。この時には、仏師以外の仏像建築の建築家、瓦職人なども大挙来日し、多くの寺院を建築しました。阿修羅像は、天平6(734)年の製作です。天平文化、仏教文化が華やかな時代に生まれたものです。興福寺は、その後も何回も火災に遭いましたが、その都度、阿修羅像は、難を免れました。
 この秋は、奈良では多くの催しがあります。是非、出かけて来て、ご覧になって下さい。わたしは、極力、こういう機会は、行って見ようと思っています。

2009年11月4日水曜日

文化勲章

 10月27日に今年の文化勲章受章者が決まりました。今年は、次の5名です。飯島澄男氏(70)、桂米朝氏(本名・中川清83)、坂田藤十郎氏(本名・林宏太郎77)、速水融氏(80)、日沼頼夫氏(84)。
 文化勲章について、『文化勲章は,我が国の文化の発達に関して顕著な功績のあった者に対して授与される。受章者は,文化審議会に置かれる文化功労者選考分科会に属する委員全員の意見を聴いて文部科学大臣から推薦された者について内閣府賞勲局で審査を行い,閣議に諮り,決定される。受章者は,毎年1回11月3日の文化の日に,宮中において天皇陛下から親授されます』とあります。1937(昭和12)年から始まり、これまでに今年の5名を含めて351名が受賞しています。
 ところで、文化とは、何をいうのでしょう。辞書には、「人間の精神的生活にかかわるもの」と書いていますが、よく分かりません。したがって、この文化勲章についても、文化という言葉を使わずに説明してほしいと思うのですが、なかなか難しいようです。正直なところ、なぜこの勲章が必要かも分かりません。
 いつもこの日に思うのは、どういう選定理由なのかなということです。職業に貴賎はないといいますが、文科省の選定には、少し差があるように思います。当初は、小説家、画家、科学者がほとんどでしたが、順次、映画俳優、歌舞伎役者も受賞し始めました。しかし、落語界からは、今年、やっと落語家の桂米朝氏が初めて受賞しました。どうも落語家は、噺家といい、文化的、職業的に一段下に見られているように感じます。落語家の中からもっと貰っていても良かったのではないでしょうか。それか、文化勲章などいっそ止めたらどうでしょう。

2009年11月3日火曜日

米長永世棋聖の前立腺がん

 10月29日の産経新聞に米長永世棋聖が前立腺がんであったことを語っていました。米長氏は前立腺がんと診断され、患者としての体験を「癌ノート」として出版されています。わたしも10月19日の「アラーキーの前立腺がん」で書きました。米長氏も前立腺がんの全摘出をせずに放射線治療を行ったそうです。かれの場合は、4泊5日の入院による放射線照射を行い、前立腺特異抗原(PSA)は激減したそうですが、再発の恐れはあるそうです。わたしの場合は、38日間通院による治療でしたので、米長氏の治療とは、同じ放射線治療でも方法が違ったのかも分かりません。わたしの場合は、がんが再発する可能性は、皆無に近いといわれました。
 前立腺は、どういう役目をもっているかといいますと、精液を作るためにあります。男性だけの病気です。高齢で精液を作る必要がない人は、無用な機能ですが、全摘出すると、尿漏れがあり、おしめをしたりしないといけないようです。
前立腺がんに罹り易いのは、50~80代と言われています。一般に治療法は、「手術」、「放射線治療」、「内分泌療法」、「待機療法」がありますが、慎重に選ぶ必要があります。放射線治療機はどこの泌尿器科の病院にありません。ない病院は、全摘手術を勧めるようです。しかし、QOA(Quality of Life)は、放射線治療によるのが、一番高いようです。
 前立腺がんは昭和55年には、2.9%であったものが、平成15年には10.8%と増え、男性のがんのうち、肺がんに次ぐ患者数になると予測されています。PSAという血液検査ですぐに分かりますので、尿の流れが悪い人や尿の近い人は、一度受けられるといいと思います。

2009年11月2日月曜日

桜井茶臼山古墳

 60年ぶりに奈良県桜井市外山(とび)の茶臼山古墳の再発掘が行われました。各紙でも報道されたので、ご存じの方も多いかと思います。10月29日から31日まで、見学会が行われました。この再発掘のあとは、埋め戻され、次に見られることはまずないだろうということでしたので、見学会に参加して来ました。茶臼山古墳は、南北に中心が通り、全長200m、後円部の直径が110m、同高さが24mの前方後円墳です。石室の中に残る木棺を取り出して保存することを目的に再発掘が行われました。
 石室は竪穴式で、大きさは南北の長さ6.75m、東西約4.8m、深さ約2.9mでした。石室の内部は、当時、金よりも貴重であった水銀朱がふんだんに塗布されており、推定200キロ使われたとされています。水銀朱は神仙思想の解説書「抱朴子」には、不老長寿を実現させる最高の薬と記されています。さらに玉や黄金で身体の穴を塞げば遺体は腐らないとも書かれています。この石室の中にコウヤマキで作られた割竹形木棺が納められていました。こういう状況で、木製で残っていたことが、不思議です。残っている木棺は、長さ4.89m、幅75cm、最大の厚みは27cmと大きなものです。この木棺は、これから2年をかけて保存作業に入ります。四方の壁は、写真のように加工した石が1000枚以上使われていました。そして、木棺の埋葬後は、長さ2.75m、幅76cm、厚さ27cm(最大)、推定重量1.5tの石、12個で閉じられました。今回の再発掘後は、埋め戻され、再び石室が開けられることはないでしょう。
 この古墳は、埴輪で囲われる前の様式で、丸太垣を張り巡らせていました。大王級の古墳は、ほとんどが宮内庁管轄になっており、茶臼山古墳のようには発掘されていません。大和盆地の東南部には、全長200mを越える前方後円墳が6基あります。どれも3世紀後半から100年の間に築造されています。連続する6人の王墓と推定されています。このうち、6基は、天皇かそれに近い人の墓とされています。この茶臼山古墳は誰が埋葬されていたかは、困難と言われています。その中で塚口義信・堺女子短期大学名誉学長は、崇神天皇が日本各地に派遣した「四道将軍」のひとりで、北陸に派遣された「大彦説」をとっています。埼玉県行田市の稲荷山古墳から出土した鉄剣には、5世紀後半の雄略天皇から大彦に遡る系譜が彫られており、大彦が生きた時代は、3世紀後半に当たるそうです。茶臼山古墳の築造年代とも矛盾しません。いずれにしましても、この茶臼山古墳の被葬者は倭国を支配した王か、領土を拡大した将軍か、被葬者論議もこれから活発になるでしょう。久しぶりの古墳の見学会でした。

2009年11月1日日曜日

司馬遼太郎の作家への転機

 司馬氏が、作家になるきっかけは、3つの時代が考えられるそうです。まず、ひとつは。旧制中学校時代です。司馬氏は、旧制中学校は大阪市の上町台にある上宮学園に入学しました。先生に“ニューヨークという地名の由来”を聞いたそうです。そうすると、その先生は、「ニューヨークに由来も何もあるか。そんなしょうもないことを聞くから勉強が出来んのや」と言われたそうです。司馬少年は、勉強は好きではないが、学校は好きでした。ニューヨークの地名の由来を知りたいと図書館に通いました。それで、分かったことは、現在のニューヨークがあったところは、オランダ領で、ニューアムステルダムと名をつけられていました。ところが、そこがイギリス領になったために当時のイギリス国王が、ヨークといったためにニューヨークとなったことが分かりました。
 司馬少年は、毎日、図書館に通いました。昭和18年の学徒出陣まで通い詰めたそうです。門限が過ぎても本を読んでいたために、図書館の人も「帰れ」とは、言いにくく、一緒に本を読んでいたそうです。そして、司馬氏本人も話していたそうですが、図書館の本を全部読んだそうです。このあたりは、真似ができません。
 司馬氏の調べ方は、日本の歴史を調べる時に、日本史を遡ることはせずに、中国の周辺のひとつの国として、日本の歴史を調べたそうです。自分の目で確かめながら、調べて行きました。司馬少年の中学卒業の時の文集に、「希望は天上(天井かも分かりません)にあり、実行は足下にあり」と書いています。作家としての、素養は、中学の時代に養われたのでしょう。
 そして、次が昭和20年に学徒出陣で戦車隊として、中国から栃木県の佐野に移動になった時です。
 「関東に敵軍が上陸したらどうするか」。
 指令は、
 「すぐに東京に行け」。
 「そうすると、大八車を押した人たちと遭う。そのときは、どうするのか」。
 「戦車で引き殺していけ」。
 この時から、司馬氏は、人間とは、日本人とは、と考えるようになり、以後の柱となったそうです。
 3つ目が、産経新聞の記者時代です。宗教の記者クラブ、京大にあった大学記者クラブの担当でした。することがないので、昼寝ばかりをしていたと司馬氏自身は語っていましたが、当時を知る人は、「福田さん(司馬氏の本名)は、いつも一杯、本をカバンに詰めて行っておられた」と語っています。当時は、のんびりしていて、司馬氏は、西本願寺の飛雲閣や青蓮院の畳の上で、横になって本を読んでいました。
 そして、湯川秀樹、小川環樹などの京都学派と呼ばれるひとたちと付き合いました。このひとたちも、司馬氏とは、年齢が離れているにもかかわらず、同じレベルで付き合ってくれました。そうこうするうちに、2日間で書いた「ペルシャの現実史」が“講談倶楽部”に見事入賞しました。そのあと、大阪本社に戻りました。今東光が中外日報に連載していましたが、「あとを書け」ということで、引き受けて、「梟の城」を書き、これが「直木賞」をとりました。ここからが、作家人生の始まりです。
 司馬氏は、いつも「公と私」を考えていました。坂本竜馬、土方歳三、高田屋嘉兵衛も「公と私」のバランスがよかったそうです。江戸時代も、「公と私」のバランスが公然とあり、日露戦争までは、バランスがとれていました。しかし、その後は、「私」ばかりが大きくなりました。人心が変わってしまって、歪みも大きくなりました。自分のことばかりを考えていたのでは、世はよくなりません。司馬氏は、「一個の個人として、考えるべき時代になった。江戸時代に生きた人々を見る必要がある。誰かが、何かをやってくれると思っていると、ますます下降する」と言っています。