2009年10月31日土曜日

「坂の上の雲」は映像に向かない

 昨日からの続きです。明治時代は、暗い時代でした。その前の時代は、農民には年貢という税金がありましたが、町民には、ありませんでした。それが、税金がかかり、徴兵があり、資本主義が発展し、悲劇的なことに官僚主義の時代でした。こういう暗い時代に誰も入りたくないというのが、司馬氏にはありました。司馬氏の小説は、この「坂の上の雲」を除くと、明治時代以降の作品は、非常に少ないのです。しかし、資源もない、小さな国が、世界の列強と伍していこうという、この気持ちを司馬氏は書きたかったそうです。
 「坂の上の雲」を書くにあたって、日露戦争を公式に記した「日露戦史」がありますが、史料的な価値はゼロだったそうです。参加した将軍の功績を書いたものばかりです。ただ、何日何時何分にどこからどこへ移動したということは、正確に書いてあり、これを基に司馬氏は、日露戦争を自分で組み立て直しました。
 ところで、司馬氏の生存中から、「坂の上の雲」の映像化の話は、NHKや映画会社などから、たくさんあったそうです。しかし、「坂の上の雲」は、映像には向かないということで断って来ました。これは司馬氏の存命中もそうですが、亡くなった後も遺族も映像と小説は異なるということで、断り続けたそうです。小説は、戦争を表しただけではありません。日本人が、その時にどう考えたかということは、映像表現では難しいと考えていました。NHKは、非常に熱心で、「NHKの全部門を挙げて制作する」と言って来たそうです。大きな転機は、「街道がゆく」の映像化でした。もうひとつの「街道がゆく」が出来たくらいによく出来ていたそうです。このNHKの言葉を信じて、許可しました。ただし、「坂の上の雲」には、本来、女性が出て来ません。しかし、映像上は、女性も出したいという要望がありました。また、夏目漱石や森鴎外も、ほとんど原作では出て来ないのですが、出させることにOKしました。広瀬中佐のロシア女性アリアズナとの恋の話は、原作では短いのですが、映像では長くすることを了承したそうです。
 この作品は、映画を13本撮ることに匹敵するくらいに仕事量が多かったそうです。従来の3倍ほどの時間と費用がかかるそうです。したがって、1年目は5本、2年目は4本、3年目は4本を撮るという感じで進めていきます。心配なのは、原作のニュアンスが、壊れないか、ずれないかということです。作る側も、原作側も故人に申し訳が立つように久々に気合いが入った映像になりそうです。(明日に続く)

2009年10月30日金曜日

「坂の上の雲」と司馬遼太郎

 NHKで約3年間に亘って、「坂の上の雲」が放映されます、第1回が11月29日(日)です。10月24日、司馬遼太郎記念館の館長である上村洋行氏の話を聞いて来ました。上村氏のお姉さんが司馬氏の奥さんで、上村氏は父親を早くに亡くしたので、司馬家に居候をしていました。
 司馬氏は、この作品を45歳から書き始めて、約4年間かかりました。その前の準備を入れると40歳代の10年間は、この作品にかかっていたことになります。なぜ、司馬氏が、この小説を書こうと思ったのか。司馬氏は正岡子規が非常に好きだったそうです。松山の武家屋敷を歩いていますと、子規がここから学校に通い、親友の真之も通っていた時代を思い浮かべました。この二人は、当時、文学を志していました。そして、東京に行くことを決めました。二人とも貧乏な下級武士の出です。薩長土肥出身が幅をきかしていた時代です。
 東京に着くと、子規は根岸の下宿に入り、真之は兄の好古のところへ、転がり込みました。好古は、授業料のいらない陸軍士官学校に入っていました。上京した真之に好古の収入では、とても真之を賄えないので、真之にも学費のいらないところを薦めます。そして、真之は海軍士官学校に入りました。しかし、これが、日本の運命を変えることになりました。海軍士官学校への入学を決めた日に、真之は子規の留守の時に根岸の下宿を訪れ、「兄(子規)を裏切った」という手紙を残して去って行きました。司馬氏はこの気分を書くことは出来ないかということで、連載が始まりました。子規は、学校の授業では、暗い性格に教えられますが、実は非常に明るく、なにごとにも前向きでした。
 子規と漱石が、近代文学、近代日本語の小説を始めたといわれていますが、子規が創始した“ホトトギス”に漱石が「吾輩は猫である」の連載を開始したのは、子規の死後、2年たってからでした。ふたりは、リアリズムを念頭におきましたが、明治の人は、リアリズムに生き、地に足がついた見方が出来ました。好古は日本の騎兵隊を創始し、コザック兵と五分以上に戦いました。真之は、水軍の戦術書を研究し、ロシアのバルチック艦隊を壊滅させました。どちらも、世界が驚愕したことです。当時の陸軍を率いた大山巌や児玉源太郎も正確に現実を掴んでいました。
 ロシアのクロパトキンは、相手の3倍以上の兵力で、相手を圧倒する戦略をとります。これは、ナポレオンがとった戦い方です。それが、じりじりじりじりと奉天まで後退します。日本が勝ったように見えますが、戦争の当事者は、それどころではありません。これ以上、戦争が続くと日本は、叩き潰されます。これが分かっているために、早く講和を結ぶことを指示しました。小村寿太郎が講和条約を結んで、ポーツマスから帰国すると、暴徒に襲われました。“勝ったのに、なぜ、賠償金をもらわなかったのか”。明治維新から30年間は、特異な時代でした。リアリズムの時代でした。
 その後、日本は世界の列強と伍していくために軍備拡張に走ります。当時のイギリスの評論家に「これからの日本はどうなるか」と質問すると、はっきり「滅びるでしょう」と答えたそうです。理由は、「自分のところが強い、強いという国はない。こういう強いところはあるが、こういう弱いところがあるという比較検討がなされていない」と。こういうリアリズムがあったのは、明治維新から30年間だけだったそうです。(以後は、明日)

2009年10月29日木曜日

弥生時代の水田遺構

 先日、奈良県御所市玉手地区の高速道路の予定地域で、縄文時代から、弥生時代の前期、中期、後期の水田遺構が発掘されました。こういうこともないと、発掘されません。写真の中で、石灰で白く引かれた線は、1枚の田を表します。わずかでも傾斜があると水が張れませんので、田の大きさが小さくなります。後期になれば、これが大きくなっていきます。興味深かったのは、水田に残る無数の足跡です。白くなっているのは、足跡に洪水の時の砂が入ってためです。型をとると足の大きさは、26~26.5cmのものもあったようです。身長160センチ程度と推測されています。こどもの足跡も無数にあって微笑ましく思います。これから苗を植える田で遊びまわっていたのでしょう。中には、泥鰌や田螺をとっていたのかも分かりません。豊かな風景が想像できます。近くには、竪穴式と思われる住居跡もあります。また、土器なども完全な形で残っているものもあります。洪水の被害を何度か受けたのでしょう。土器や家財道具も持ち出せず、身ひとつで、高台に逃げたことでしょう。おそらく弥生時代には、こういう生活が日本の多くで営まれていたことと推測します。この地区から、葛城山にかけては、のちに葛城氏が勢力を張ったところです。豊富な農作物を元に葛城王朝を作ったのかも分かりません。これからは、こういう現地説明会には、出来るだけ参加したいと思います。

2009年10月28日水曜日

ノキアがアップルを提訴

 世界最大の携帯端末メーカーであるノキア(フィンランド)が、22日、米アップルの多機能携帯電話機「iPhone(アイフォーン)」で使われている通信技術がノキアの特許を侵害しているとして、米デラウエア州の連邦地方裁判所に提訴したと発表しました。なぜ、デラウエア州で提訴したのでしょう。アップルの本社は、カリフォルニア州クバテイーノ市にあります。本社のあるカリフォルニア州では、提訴しなかったようです。ノキアにとっては、デラウエア州の方が、都合がよかったのでしょうか。デラウエア州は、独立13州の一つで、法律も保守的なのかも分かりません。大西洋岸にあります。ブドウのデラウエアの原産地です。州都は、ドーヴァーです。
 アップルは2007年1月9日のiPhoneで携帯電話産業に進出しました。ノキアは、これまで販売されたiPhoneの全モデルで、高速通信が可能な第3世代(3G)や無線LANなどの技術の特許を侵害していると主張しており、『アップルはノキアの技術革新に“ただ乗り”をしている』と強く批判しています。ノキアによりますと、携帯電話関連メーカー約40社は、すでにノキアと特許使用のライセンス契約をしているということです。これに対して、アップル側はコメントを出していません。これがどうなるのか予測できませんが、最終的には、アップルがノキアに対してロイヤリティを払うことで決着するのでしょう。ノキアが、これまでほっていたのは、なぜでしょう。“豚は太らせて食べろ”という言葉もありますが、アップルは徹底的に争うのでしょうか。水面下で抗議していたにもかかわらず、アップルが無視していたのでしょうか。
 創業者で、一時、アップルを離れ、今はトップであるスティーブ・ジョブズ氏は、「海軍にはいるよりは、海賊であれ」と話したことがあります。また、ペプシコーラのジョン・スカーリを引き抜く時に「このまま、砂糖水を売り続けるのか、それとも世界を変えるチャンスをつかんでみる気はないか」と迫っています。いずれにしろ、強烈な個性の持ち主です。秩序を守る意識がどの程度あるのか分かりませんが、今回の件は、興味があります。これによって、アップルのスピードは落ちるのか、さらにスピードアップするのでしょうか。アップルが、勝つのを望んでいる人も多くいるかも分かりません。

2009年10月27日火曜日

中国の富豪

 2009年度版中国富豪ランキングで、資産総額が10億人民元(約1.5億ドル)を越した人が、1000人以上いたようです。10位までは、表1のとおりです。電気自動車の製造を手がける電池メーカー、BYDの王伝福会長の350億人民元(約4900億円)でした。短期間に蓄えたものです。
 女性も15億人民元(約210億円)以上の資産家が、50人いました。このあたりが、中国の凄いところです。
 その業種を見ますと、表2のとおりです。不動産、金融が上位を示しています。
 また地域別に見ますと、1000人のうち、上海90人、北京87人、深セン65人、杭州60人、広州38人、温州25人、成都23人、香港22人、南京21 人、東莞20人でした。上海、北京は、主に不動産で増やした人たちです。中国もどうやら、日本のバブルに近づいたようです。いつ手放して、ババを掴まぬようにするか。しかし、中国のこの人たちは、中国にバブルが来るということをまったく気にしていません。10年後がどうなっているか、興味津津です。
 表1 2009年中国女性富豪ランキングの統計

業界

人数

不動産

16

金融と投資

9

製造業

8

小売業

6

IT

5

医薬

4

化学工業

3

食品と飲み物

3

エネルギー

2

鋼鉄

2

表2 2009年中国富豪ランキング、10位まで

順位

資産(億元)

氏名

年齢

会社

業種

1

350

王伝福

43

比亜迪

自動車、携帯電話部品、電電池

2

330

張茵家族

52

玖龍紙業

製紙

3

320

許栄茂家族

59

世茂集団

不動産

4

310

楊恵妍家族

28

碧桂園

不動産

5

300

黄偉、李萍夫婦

50

新湖集団

不動産、金融

5

300

劉永行家族

61

東方希望

重化工業、アルミ事業、飼料

5

300

盧志強

58

泛海建設

不動産、金融

5

300

朱孟依家族

50

合生創展/珠江投資

不動産

9

290

王健林

55

大連万達

不動産、ホテル、文化産業、

10

280

劉忠田家族

45

忠旺集団

アルミ事業、プラスチック

10

280

厳彬

55

華彬集団

不動産、ゴルフ場、飲み物、鉱

10

280

張近東

46

蘇寧電器

家電小売、不動産


2009年10月26日月曜日

オバマ大統領のノーベル平和賞

 少し古くなりましたが、今年のノーベル平和賞にアメリカのオバマ大統領が選ばれました。世界中で驚きで迎えられました。何をしたかでなくて、これから何をするかで選ばれた稀な例です。CNNテレビは、20日、最新の世論調査で、アメリカ国民の56%が支持していないと報じました。
 遡って、10月8日夜のノルウエーのNRKテレビでは、ノーベル平和賞の有力候補として、ジンバブエのツァンギライ首相やアフガニスタンの女性人権活動家のシマ・サマル氏、南米のコロンビアでゲリラが監禁する人質の解放交渉にあたってきたビエダ・ゴルドバ上院議員、ゲリラに拘束されていたコロンビアの元大統領候補であったイングリッド・ベタンクール氏、中国の市民活動家の胡佳氏、イスラム教徒とキリスト教徒の対話に尽力してきたヨルダンのガジ・ビン・ムハンマド王子らの名前を挙げていました。NRKはこれまでも予想を当てたことも多くあります。
 ところが、実際は下馬評にすら上がらなかったオバマ大統領が受賞しました。ノルウエーのベルデンス・ガング紙は、選考に当たったノルウエー・ノーベル賞委員会では、当初、選考に当たった5人のうち、3人が反対していたそうです。ヤーグラン委員長と労働党出身の委員は、当初からオバマ大統領を強く支持しましたが、他の3委員は反対していました。強引にヤーグラン委員長が決めたようです。
 オバマ大統領の支持率は、55%と9月から3ポイント低下しています。まったく実績が伴いません。演説がうまいだけでは、アメリカ国民も痺れを切らしてきたようです。

2009年10月25日日曜日

八ケ場ダム(2)

 2009年9月24日の報道によりますと、マスコミが取り上げて有名になったので、一目見ようと観光客が殺到しています。高さ87メートルもある2号橋が人気で、すぐそばの広報センター「やんば館」には、1日で入館者が1000人を超えたそうです。わたしも話のタネに1度行ってみたいと思っています。温泉にも入ってみたいですね。頼朝ゆかりの温泉だそうです。
 八ケ場ダムの建設費は、2004(平成16)年、2度目の計画変更を行い、事業費が2100億円から倍以上の4600億円に上昇しています。事業反対派は、建設事業費に基金事業費、起債の利息も含めると総額8800億円になるという試算を示しています。そうなりますと、文字どおり日本のダム史上、最も高額なダム計画となります。ちなみに日本最大の黒部ダムの総工費が513億円です。黒部ダムの着工が、1956年。竣工が、1963年です。あの難工事でも7年でやっています。八ケ場ダムの方が、着工は早いくらいです。
 そして、八ケ場ダムの工事費用は、もっとかかりそうです。このダム予定地の周辺には、地滑りすると見られているところが22カ所ありますが、予算を盛られているのは、3カ所のみです。ダムに水が溜まると、こういうところは必ず地盤が緩くなり、崩れます。
 こうした費用の面も論拠の1つとして、ダムの恩恵を受けるとされてきた利根川下流の一部住民からは「ムダな公共事業」との批判が起こり、2004(平成16)年11月、関係都県(東京、千葉、埼玉、群馬、茨城、栃木)の各地方裁判所にそれぞれ公金支出の差し止めを求める住民訴訟が一斉提訴されました(ひとつでも勝訴すれば、事実上建設ができなくなります)。
ジャーナリストの早川玄氏が、日経BPに掲載したコラムで、建設中止を求める市民団体などのウェブサイトの内容を紹介した上で、建設中止に反対している地元住民の意見が地元の総意であるかのような報道姿勢に疑問を呈しています。テレビでも、長野原町長に対して、住民投票はしないのかと質問されていましたが、答えずに逃げていました。
 ダム事業が中止された場合、特定多目的ダム法第12条(建設費負担金の還付)に基づく特定多目的ダム法施行令第14条の2項の規定により、共同事業者からすでに納付済みの利水関連事業費1,460億円から約40%に相当する厚生労働省および経済産業省からの国庫補助金相当額を除いた額が還付されることとなります。約870億円を各都県に返却せねばなりませんが、その方が何十倍も安上がりでしょう。
9月23日に前原国交相が現地視察を行った長野原町で、現地住民から建設中止に対し賛否両論の声が上がりましたが、建設反対の現地住民を建設賛成のひとたちが視察会場へ入るのを拒まれたそうです。
 どうも、これまでの自民党の国交行政は、すべて建設ありきだったように思います。10月16日に空港の件を書きました。共用空港その他を除いても、96の空港があります。そしてさらに新石垣と茨城にも空港を建設しています。どうも、このダムも同じ構図です。100以上のダムが建設中もしくは計画中です。空港と同じで、もう要りません。四国の清流の四万十川にすら、これら国交省役人や政治家は、ダムを造ろうとしました。今、沖縄のきれいな海も埋め立てようとしています。そして、一方では、環境、環境と言っています。大きな矛盾を感じます。

2009年10月24日土曜日

八ケ場ダム(1)

 前原国交相が八ケ場ダムの建設中止を明言して、地元の町長や県知事が「白紙に戻せ」と、気炎を上げています。10月19日には、東京都知事や5県の知事が、見学に行き、地元の人たちから、意見を聞き、各知事は自分たちの考えを述べていました。正直なところ、どうも違和感を覚えます。前原国交相が行った時には、「地元の皆さんと話し合いたい」というのに会わせず、抗議文を読み上げただけでした。嫌がらせ以外のなにものでもありません。細かいことですが、今回のこれらのバス代やヘリコプターのチャーター代は、誰が払ったのでしょう。
 ところで、八ケ場ダムは、ダム建設が決まってから50年以上が経ちます。この間、八ケ場ダムがないことによって、何の不都合もありませんでした。わたしが、心配したのは、先日の台風です。これによって、下流地域に洪水が出ると、「前原氏の首が飛ぶぞ」と心配していましたら、なんの被害もありませんでした。この台風は、この10年で最大最強でした。これで、知事らのいう治水というのは、まず正当性がなくなりました。利水も、もう充分です。渇水ということもありません。第一、これ以上、東京に人が住むというのは、異常です。そうなるとここにダムを造る必要はありません。立ち退きを強制された人たちの補償問題は、べつです。
 国交省の役人が、まったく信用がおけないと思ったのは、20日のテレビで、6知事に対して、ダムの造られる建設予定地について、「このようなしっかりしたダムサイトはない」と言っているのです。これに対して、ある知事は、「君たちのPRが下手なのだ。しっかりPRしなさい」と言っていました。これらは、すべて、テレビ局のカメラに捉えられています。
 ところが、国交省役人がこれ以上のダムサイトはないと言った予定地は、1970(昭和45)年の第63回国会衆議院地方行政委員会において「ダムの基礎地盤としてきわめて不安定」と指摘された場所だったのです。ダム建設反対派は、不適切な地質条件の場所であるとして訴えましたが、国交省は、その後の地質調査の結果から見てダム建設には問題ない場所であるとの見解を示しました。
 さて、このダムの建設中止になぜ、かくも熱くなるのでしょうか。国土交通省からのOB天下りを受け入れた公益法人と企業が、競争入札を行わない随意契約で多数の業務を受注していました。2004年前後の数年だけで事業の落札に絡んだ37社の企業に国交省から52人、随意契約業者57社に99人、財団法人国土技術研究センター、同ダム水源地環境整備センター、同ダム技術センターなど7つの公益法人に25人が天下っていました。これらを明らかにしたのは、民主党の衆議院議員長妻昭氏です。2007年に国交省から得た資料によって判明し、政官業癒着が物議を呼びました。これでは、ダム建設は止められません。現在、進行中、計画中のダムが100以上ありますが、八ケ場ダムと同じく、天下りがごまんといることのでしょう(明日に続く)。

2009年10月23日金曜日

平城宮跡に大極殿が復元

 奈良市の平城宮跡に復元中の大極殿が荘厳な姿を現しました。大極殿は、東西44m、南北22m、高さ27mで、使った瓦は約9万3千枚。柱や梁には、国産ヒノキを使い、壁は土壁仕上げです。古代の工法で忠実に作られたようですが、土台の基壇には、地震に備えて、さすがに免震装置が入れてあります。
 来年の平城遷都1300年に備えて、準備が着々進んでいます。来月の1日~3日は、平成の大修理を終えた金堂の落慶法要が営まれます。また、東京国立博物館の展示で有名になった興福寺の阿修羅像が興福寺に帰って来ました。10月17日から11月23日まで、仮金堂に安置されての公開になります。八部衆立像や十大弟子立像の現存する14体(すべて国宝)が展示されます。
 本尊の釈迦如来像を中心に群像が形成されて荘厳な仏教空間が再現されます。10月24日から11月12日まで、奈良国立博物館で秋の正倉院展が開催されます。大極殿のある平城宮跡の芝生に横になると、西に生駒山、東に若草山が見え、まさに1300年遡った光景が目に入ります。是非、奈良に観光にお出かけください。

2009年10月22日木曜日

「太りすぎ」の人に朗報

 東北大公衆衛生学の研究グループが肥満別の平均余命をまとめました。ご存じのように肥満度は、体重(kg)÷(身長(m)の2乗)で表します。
 WHOの基準に基づき、
 18.5未満を「やせ」
 18.5以上25.0未満を「普通」
 25.0以上30.0未満を太りすぎ
 30.0以上を肥満
と分類しました。
 その結果、40歳の人の肥満度ごとの平均余命は、男女とも同じで、
 「太りすぎ」が最長(男性40.5年、女性47.0年)
 「普通」が(男性38.7年、女性46.3年)
 「肥満」が(男性37.9年、女性44.9年)
 「やせ」が(男性33.8年、女性41,1年)
という結果でした。
 痩せすぎると細胞の機能低下などで、血管の壁が破れやすくなるなどして、循環器疾患による死亡リスクが上昇したり、栄養不足が体の抵抗力を減少して、やがては肺炎などにかかるためであろうと理屈付けをしています。この論は、昔から言われていたように思います。少し太っている方が、長生きすると。小生もやや肥満気味ですので、長生きするでしょう。「やせ」よりも「肥満」の方が長生きするというのも傑作ですね。メタボ、メタボといいますが、逆メタボも言わないといけませんね。
やはり、無理にやせるとかは、いけないようです。無理に太るというのは、相撲取り以外は、いませんので、小太りというのは、ストレスも感じず、健康にいいのでしょう。

2009年10月21日水曜日

唐招提寺の落慶法要

 「天平の甍」で知られる奈良・西の京の唐招提寺金堂の平成の大修理が終わり、いよいよ11月1日~3日、落慶法要が行われます。天平時代を思い起こさせるような華やかな儀式になるでしょう。
 今回の修理で分かったことがあります。金堂は、これまで数回の修理が行われていますが、堂内を構成する部材は、94%が創建当初のものであることが、奈良県文化財保存事務所の調査で分かりました。したがって、仏像周囲の空間は、構造的にも当初の姿をとどめているとみられています。来年は、平城遷都1300年祭が開催されます。
 また、奈良には、東京国立博物館の展示で有名になった興福寺の阿修羅像が興福寺に帰って来ました。10月17日から11月23日まで、仮金堂に安置されての公開になります。八部衆立像や十大弟子立像の現存する14体(すべて国宝)が展示されます。本尊の釈迦如来像を中心に群像が形成されて荘厳な仏教空間が再現されます。
10月24日から11月12日までは、奈良国立博物館で正倉院展が開催されます。昨今は仏像ブームですので、多くの人が奈良を訪れるでしょう。是非、好きになって帰ってほしいものです。

2009年10月20日火曜日

鞆の浦埋め立てで広島県が控訴

 広島県福山市の鞆の浦埋め立てで広島地裁は、県と市に対して、「鞆の浦の景観は文化、歴史的価値があり、国民の財産である」として、工事の「差し止め」の判決を行いました。この判決に対して、鞆の浦で映画「崖の上のポニョ」の構想を練った宮崎駿監督は、「今後の日本をどうするかについて、いい一歩を踏み出した。県は控訴しないほうがいい。裁判官の勇気に敬意を表します」と話しました。
 ところが、広島県は控訴しました。その理由が「景観利益の範囲が極めてあいまい。判決が確定すれば、今後の公共事業の実施に多大な影響を及ぼす」として、控訴することを決めました。
 しかし、この計画は、鞆の浦を埋め立てて、200m近い橋を建設するというものです。鞆の浦は、国際記念物遺跡会議も世界遺産級と認めているのです。わたしも、以前に行きましたが、多少、道幅も狭いのですが、それに勝る景観です。時代を遡ったような錯覚にとらわれました。江戸時代に朝鮮通信使も必ず鞆の浦を通りました。もし、ここに計画のような埋め立て工事や橋をかけると、まったく別の景色になります。昔、日本橋の上に高速道路を走らせて、日本の景観をぶち壊した道路建設族は、ここでも壊そうとしています。せいぜい、自宅の豪勢な庭に鞆の浦のジオラマを作って、こどもと遊んでいたらいい。
 この景観を壊そうとしている人が、どういう人かと調べてみますと、控訴した広島県知事は、藤田正明氏です。藤田氏の祖父は参院議長をやり、母方の祖父は広島県知事という政治家一家です。10月17日の日刊ゲンダイによりますと、藤田氏は、「キング・オブ・ゼネコン知事」といわれているようです。祖父は、ゼネコンの「フジタ」の創業者。藤田知事も藤和不動産の社長を務めたことがあります。広島県は、県債残高が2兆円を越しているという極めて深刻な財政危機です。それが、なぜこれほどこだわるのか、見えるような気もします。藤田知事には、黒い霧も尽きず、4期当選の05年には、広島地検が後援会事務局長を政治資金規正法で逮捕しています。8000万円もの使途不明金が明らかになりました。また、選挙のたびに「対策費」と称したウラ金が県議などにばら撒かれていたことも暴露されています。この件では、さすがに県議会で知事への辞職勧告決議が2度も可決されましたが、「知事の座にいないと取材も報道もなくなり、真相解明ができなくなる」とデタラメな理屈を捏ねて居座っています。そして、今回の控訴です。こういう知事を選んだことに選挙民は、恥ずかしいと思わねばなりません。しかも、4選もさせているのです。「地方自治」、「地方自治」と念仏のように言われますが、果たして地方に任せて大丈夫でしょうか。

2009年10月19日月曜日

アラーキーの前立腺がん

 写真家のアラーキーこと荒木経惟氏(69)が最新の写真集で前立腺がんであったことを告白しています。そして、摘出手術を行いました。手術後も2カ月ごとの血液検査を行い、経過を観察中ということのようです。
 実は、わたしも前立腺がんです。偶然、見つかりました。最初は、尿の間隔が近くなったので、医者に相談に行きました。超音波診断を行い、指をおしりに入れて触診しますと、“かなり大きくなっていますね”ということでした。そこで、PSAという血液検査を行いますと、数字が7ありました。4以上は、がんの疑いがあるといわれています。ただし、この数字は、前立腺が大きくても大きい数字になるので、一概にがんとはいえません。そこで、念のために針生検しましょうということで、紹介された別の病院で行いました。麻酔をかけて、10本も打ち込むのです。結果は、“がんでは、ありませんでした”ということで、ひと安心でした。しかし、“前立腺が大きいので、削りましょう”ということで、尿道から、電気メス(もしくはレ-ザー)で内視鏡を見ながら相当に削りました。8日間の入院が必要でした。次に“念のためにがんの検査もしましょう”ということで、削りとった細胞を検査しました。そうすると、その中にがんがいたのです。そこの医者は、“前立腺をすべて摘出すると安心ですよ”と言い、回りも勧めましたが、これはよく調べねばと思って調べますと、ほかにも方法があることが分かりました。MRIをかけても、この程度のがんでは、映りません。5ミリ以上にならないと映らないそうです。このまま何もしないという方法もありますが、ゴルフの杉原輝雄氏の例もあります。ほおっておいて、骨にまでがんが転移していました。
 結局は、手術をせずに放射線治療することにしました。今は、IMRTという最新の治療機器が出来ています。従来の放射線治療は、一方向からだけでしたが、このIMRTは放射線発射装置が、からだのまわりを回ります。これによって、まわりをやけどさせるといったこともありません。いわゆるQOL(Quality of Life)は、IMRTによる放射線治療が一番いいといいます。欠点は、38日、通わないといけないことと医療費が高いこと(健康保険は効きます)とこの機械のある病院がまだ少ないことです。放射線の照射時間は1日5分程度です。少し疲れたかなという感じがするくらいで、何の支障もありません。手術をせずにIMRTによる放射線治療をお勧めします。余談ですが、前立腺の摘出手術を行うと、わたしが聞いたところ、全員、EDになっていました。

2009年10月18日日曜日

毛沢東主席の孫、毛新宇氏

 今日も、毛沢東の孫の毛新宇氏(39)のことを書きます。故毛沢東主席が、愛人が多かったことは有名な話です。各省にひとりずついたと、まことしやかに話す人もいます。まさに“英雄、色を好む”です。英雄でなくても好む人がいますが。
 ところで、孫の毛新宇氏は、1997年に元ホテルの従業員の郝明莉さんと結婚しました。彼女は、そのあと、北京大学に入り、勉強しますが、逮捕され、2003年に死亡しています。こどもはいませんでした。逮捕の理由も死因も分からないそうです。
 毛新宇氏は、奥さんが監獄に入っている間の2002年に劉濱さんと結婚しました。2003年に男子が誕生し、2008年には女子が誕生しています。かれの軍歴は、2000年からです。小説になりそうな話です。一人っ子政策は、鄧小平氏が始めたものです。毛新宇氏は、鄧小平が決めたことだから、毛沢東の孫のわたしは守らなくていいと考えたのでしょうか。ふたりの子供を作っています。一人っ子は、官僚ほど厳しいものです。軍人は、許されるのか、調べてみたいと思います。

2009年10月17日土曜日

毛沢東主席の孫は来年、将軍に

 前に香港情報として、毛沢東の孫で、唯一生存している毛新宇氏(39)が、大佐から少将に昇格と出ているが、これはガセと書きましたが、今回、毛新宇氏が自ら来年に将軍に昇格すると語っています。今年、将軍になれなかった理由は、若さゆえということです。39歳は若すぎるということで、来年に延ばされました。来年は、40歳になります。しかし、共産党もしくは軍部の発表ではありませんので、まだひっくり返る可能性はありますが、まずは間違いなく将軍になるでしょう。いずれにしろ、中国では、もっとも若い将軍になります。現在は、軍事科学院戦争理論・戦略研究部の副部長で全国人民政治協商会議委員でもありますので、中国の若きエリートです。
 わたしが、気になることは、彼の奥さんは牢獄で亡くなっています。そして、毛新宇氏は、新しい奥さんをもらっています。想像すると怖い話です。この世代が、軍を握ると危険な感じがします。軍の力で、政治を動かすかも分かりません。日本の防衛省は、中国、北朝鮮、韓国の軍幹部の性格、派閥、影響力、考え方などには、十分な調査が必要です。ハニートラップにかかっている暇はありません。谷垣自民党総裁が、危ないのは、ハニートラップにかかったことがあるといわれているためです。日本を出ると、羽を伸ばしがちですが、重々慎む必要があります。

2009年10月16日金曜日

羽田をハブ空港に(前原国交相)、関空をハブ空港に(橋下知事)

 12日、前原国交相と橋下大阪府知事が会談を行いました。前原氏が「はじめまして」というと、橋下氏が「たかじんさんの番組でご一緒したことがあります」と返していました。たかじんの番組というのは、以前にもブログに書きましたが、東京では流されていない番組です。「たかじんのそこまで言って委員会」といいます。東京以外の多くでは、日曜日の午後1時半より1時間30分放送されています。この時間帯で15%近い視聴率をとる番組です。かれらは、一度、この番組に出て、顔を合わせているのですが、前原氏は忘れていたのでしょう。もっとも、当時は、橋下氏は、知事ではなく、前原氏も一議員でした。
 まず、前原氏の羽田をハブ空港にという発言は、突然で、びっくりしました。わたしなどは、成田は遠いので、そうなってくれると有難いのですが、影響の大きい発言です。また、たしか羽田空港の滑走路は、短いので、アメリカ便、ヨーロッパ便は燃料を余計に積まないといけないので、難しいという話を聞いたことがあります。しかし、それにしても、航空業界に激震を与える発言でした。
 次に、橋下氏の関空をハブ空港にという発言もまた困った発言です。関西には、関空、伊丹、神戸と3つの空港がありますが、利用するのにもっとも便利がいいのが、伊丹空港です。そして、もっとも便利が悪いのが、神戸空港です。旅行会社のツアーでも、関空、伊丹、神戸のどこから発着するかわからないと書かれたツアーは、申し込みが少ないのです。神戸に近い人以外は、泣きそうになるほど遠いのです。橋下氏は、その伊丹空港を止めて、関空と神戸にしようと考えているのです。困ったものです。かれは、乗ったことがないのでしょう。関空も神戸も海の上ですので、風の影響を受けやすいのです。特に神戸などは、六甲山がすぐですので、強風に煽られます。
 ところで、これまでの運輸行政はどうだったのでしょう。日本には、空港が127あります。この中には、共用が7、公共・ヘリポートが24あります。これを除いても、96あります。さらに現在、茨城空港と新石垣空港が建設中です。いかに建設、土木工事をやってきたかと思うと腹が煮えくりかえって来ます。
 また、使用客の多いベスト10は、次のとおりです。
 1羽田
 2成田
 3新千歳
 4福岡
 5伊丹
 6関空
 7那覇
 8中部
 9鹿児島
 10仙台
 ほんとは、これだけでいいように思います。やはり利用者は、賢いのです。

2009年10月15日木曜日

2020年の五輪招致に広島、長崎が名乗り

 2016年のオリンピックの招致に東京が負けると2020年の開催に広島、長崎が名乗りを挙げました。まずこの勇気を称えたいと思います。東京もまだ立候補の意思を残していますが、東京では、今回の倍の招致費用の300億円をかけようと勝てないでしょう。南米初の次は、アフリカ初とアフリカのどこかが立候補すると東京は勝てません。
 一部の物知り顔のコメンテーターが、オリンピックは1都市開催が原則なので、2都市での開催は難しいだろうと言っていますが、直近の北京オリンピックでは、どこでやったと思っているのでしょう。海や大きな湖に面していない北京では、ヨット競技はできません。そのために、ヨットは青島で行われました。馬術は、中国国内では馬場がないので、香港で行われました。あと、サッカーは、秦皇島、瀋陽、天津、上海で行われています。つまり、北京を含めて、7会場で行われました。ただメイン会場は、1ヶ所でないと、まずいので、広島にせざるを得ないでしょう。
すなわち、あくまでメイン会場は、広島で、サブ会場を長崎や、その他の都市にすることは構わないはずです。
 国体を毎年、順繰りにやっていますので、そこそこの競技場はあるでしょう。なければ、福岡や、山口、岡山の競技場を使ってもいいでしょう。ないのは、選手村くらいです。会期は、2週間ぐらいですので、大型客船を一部使うとか、終了後、売却を予定して、選手村を作れば、一部のコメンテーターが言うほど莫大な資金は、必要ないはずです。足りなければ、国民全員でカンパしましょう。原爆を投下された広島、長崎には、わたしたちは、何もしてあげれていないと思います。この機会に是非、いい目をみてもらいましょう。原爆投下国のアメリカからもカンパは集まるでしょう。そこで、世界のアスリートや観客に原爆の悲惨さを知っていただくと核廃絶の勢いがつくでしょう。
 東京オリンピックの最終走者となり、国立競技場で聖火台に点火したのは、坂井義則氏です。坂井氏は、原爆が投下された1945年8月6日に広島から70キロ離れた三次市で生まれたことは、よく知られています。今ほどに核や平和が叫ばれているときはありません。オバマ大統領もノーベル平和賞を受賞しました。核廃絶をしなければ、いつか、どこかの気違いが核のスイッチを押して人類が消滅するということが起きないわけではありません。2020年には、広島、長崎両市長が世界134カ国と地域に呼びかけて3147都市が加盟する平和市長会議が核兵器廃絶を目指しています。これだけの国の支援があれば、広島、長崎での五輪開催は可能でしょう。ここで、出来なければ、日本の恥です。次の世代の励みにもなります。もう東京への一極集中は、やめにしませんか。

2009年10月14日水曜日

GMがハマーを正式に売却

 GMは、9日、傘下の「ハマー」を中国の建設機械メーカーの四川騰中重工機械に売却することで正式に合意しました。売却金額は、明らかになっていませんが、アメリカのメディアは、約1億5千万ドル(約135億円)と報じているようです。GMは、当初、3倍以上の5億ドル(約450億円)で売却の予定をしていましたが、大きく下回りました。やはり、中国は交渉上手です。それでも、GMはアメリカ国内の3千人の雇用が守られたのでよしとしています。元野球選手の清原氏も乗っていましたが、駐車場にとめたり、日本の道路を走るときに不都合だということで、売却しました。長淵剛氏らタレントも乗っているようです。
 売却後は、騰中重工が80%の株式を保有し、20%を中国の化学メーカーが保有します。それにしても、「ハマー」はアメリカを象徴する車でした。アメリカの企業や、金持で買う人はいなかったのでしょうか。たしかに「ハマー」は、ガソリンをガブガブ飲む車ですから、省エネにも逆行します。時代も逆行する車といえるでしょう。中国で誰が乗るのでしょう。

2009年10月13日火曜日

がん二題

 愛知県がんセンター研究所・予防部の川瀬孝和主任研究員らが、確かめたところによると酒を飲む人ほど乳がんの発生率が高いそうです。閉経後の女性では、よく飲む人は、飲まない人の1.74倍乳がんになり易いそうです。少し飲む人でも、1.24倍です。ただ、閉経前の女性では、はっきりしません。酒とがんの因果関係についても、触れていません。酒の種類にもよるように思うのですが。50歳前後の女性は、酒を楽しむ人が多いので、乳がんになりやすいといってもなかなか止められないでしょう。わたしも少量の酒を毎日、飲みます。タバコは止められても酒は止められません。女性は、定期的に診断を受ける以外にないのでしょう。
 次に、これも愛知県のがんセンター研究所がまとめたものですが、まったく歯を磨かない人は、がんの発生の危険性が高いそうです。1日に2回歯を磨く人は、口の中や食道のがんになる危険性が1回しか磨かない人よりも3割低いという結果が出ました。また、まったく磨かない人は、1回しか磨かない人よりも1.8倍高かったそうです。
 口やのどには、発がん物質とされるアセトアルデヒドを作る細菌がいますが、これらが歯磨きで細菌や発がん物質を洗い流す結果だそうです。朝晩、2回磨けば、がん予防に役立つということです。多くの人が、朝晩、2回は磨くでしょうから、がんになるリスクは、低いのでしょう。歯周病や虫歯の予防にも当然なりますので、2回といわず、朝昼晩の3回は磨きたいものです。

2009年10月12日月曜日

自民、公明の蜜月解消か

 公明党は、与党にいないと危ない立場にあります。国民新党の亀井氏などは、自民党時代に公明党と創価学会の関係は、政教分離に違反すると言っていました。現在は、明確に言っていませんが、いつ言いだすか、分かりません。公明党は、野党となった自民党には、魅力がありません。今のところ、公式に連携解消を言っていませんが、自民党の再生が、あるのか、ないのか、様子見をしているようです。
そして、神奈川と静岡の参院補選です。8日に告示され、選挙戦がスタートしました。神奈川は、自民党が角田宏子氏(42)、民主党が金子洋一(47)で、静岡は、自民が岩井茂樹氏(41)、民主が土田博和氏(59)が、立候補しました。静岡では、民主は、これを機会に医師会をしっかり支援させるべく、医師の土田を立てています。また、静岡には、組織委員長兼企業団体委員長として、小沢執行部入りした細野剛志氏を張り付けています。そして、今回の衆院選挙で当選した議員もしっかりと自分の選挙区では、候補者と一緒に回っています。議員も自らの顔を売ることにもなり、一石二鳥です。
 これに比べて、自民党の静岡では、告示の前日の7日、静岡県連の幹事長ら3人が揃って辞任するというドタバタがありました。川勝知事が空港建設に区切りがついたとして静岡空港の開港を促進してきた県空港部を廃止する議案を出しました。自民党県連は「年度途中で廃止するのはおかしい」と反対の党議拘束をかけました。本来、否決できるはずだったのですが、あっさり可決されました。これにより、三役が辞任しました。この調子で、選挙に勝つのは、難しいでしょう。
 こういった状況を見たからでしょうか、公明党は、今回の補選には、8日の中央幹事会で自民党候補への推薦を見送り、自主投票にすると正式に決定しました。公明党としては、政権与党の民主党に擦り寄りたいのでしょうが、さすがに急に態度を変えるのは、気が引けたのでしょう。現在、思案中でしょうが、このまま自民党にくっついていても、政権をとる見込みはないでしょう。金属疲労した自民党は、新しい若い血で再出発しなければならないのに相変わらず金属疲労したままです。金属疲労した船は、沈むのみです。沈む船と繋がれていると公明党も沈みます。来夏の参院選挙前には、自民党との提携は解消するでしょう。

2009年10月11日日曜日

反小沢のKY

 民主党の党役員人事が決まっていくにしたがって、「冷や飯だ」という議員やジャーナリストがいます。田原総一朗氏などもテレビ番組で、これら冷や飯を煽っています。他所の火事は、大きいほど面白いのです。これまでも反小沢、非小沢がいましたが、前原氏は、小沢氏の西松問題の時もあえて発言しませんでした。野田氏もそうです。仙石氏などは、かなり舌鋒鋭く、小沢氏を問い詰めていました。しかし、このあたりは古い間柄で、どこまで責めても大丈夫だが、それ以上はダメということは、阿吽の呼吸で分かっています。この点、前原氏の派閥に属すると言われていた細野剛志氏などは、今回の党役員人事でも組織委員長兼企業団体委員長の要職につき、今回の参院の静岡の補選で陣頭指揮をとり、溌剌としています。余談ですが、小泉チルドレンが当選のあと、油断して、伸び切っていたのとは、対称的に小沢チルドレンは、今回の静岡、神奈川の補選でも候補者に付きっきりです。国会議員が一緒にビラを配っています。小沢イズムの徹底を見ました。感動的でもあります。
 ところで、中途半端にテレビに出て、小沢批判をしていた枝野幸男氏(元政調会長)、小宮山洋子氏、鉢呂吉雄氏は、いわゆる冷や飯を食わされています。しかし、これはサラリーマンでは当たり前で、散々、社長批判をしていたものが、社長がやめても会長をしているのです。代表取締役の肩書は、とれましたが、会長です。サラリーマンでは、冷や飯を食うのは、至極当たり前です。こういう時、サラリーマンであれば、どうするか。すぐに詫びを入れないといけません。できれば、小沢氏が好感を持っている人と一緒に行くのがいいでしょう。細野氏などに一緒に行ってもらうのが、一番です。一晩、一緒に酒を飲むと、小沢氏の別のいい面が見えて、尊敬するようになるかも分かりません。これだけの人物です。必ずすごいいいものを持っています。
 もし、詫びを入れることが出来なければ、しばらく冷や飯を食うのを覚悟しなければなりません。滅私奉公すれば、枝野氏などは、いずれ小沢氏も買うでしょう。小宮山氏などは、少しテレビに出させて貰って鼻を高くしたところがあります。勘違いしないことです。もっと冷や飯を食って苦労をすべきでしょう。

2009年10月10日土曜日

五輪招致費用

 さて、今回の東京へのオリンピックの招致のために、どのくらいのお金を使ったのでしょう。これについて、石原都知事も「都民に明らかにすることが最低限の責任だ」と話していますが、果たしてどうなるのでしょうか。日本人は、忘れやすく、すでに五輪招致失敗は過去のものと思っているふしがあります。どうもお金の使われ方が、どんぶり勘定だったようです。当初の招致経費は、55億円でした。これが、あれよあれよという間に150億円に膨れ上がりました。最終的には、どうなるか分かりません。10月7日の日刊ゲンダイによりますと、次のとおりです。
 石原知事は、五輪招致を目的とした豪華海外旅行を繰り返しています。
 06年6月には、3570万円をかけたロンドン視察(18人)、
 09年6月には、2,500万円かけてスイス(10人)
 09年7月には、740万円かけてシンガポール(7人)
 09年8月には、3300万円かけてベルリンの世界陸上(13人)
 08年8月には、6500万円かけて北京五輪(14人)、夫人同伴です。
 これらは、飛行機は、チャーター機やファーストクラス、ホテルは超一流ホテルの利用です。
 09年4月には、3億1700万円かけてIOC視察、4日間
 09年3月には、7000万円かけて「東京レインボーウォーク」
 09年9月には、8000万円かけて「応援大パレード」
 五輪PR用の旗に1億円(1枚200円)
 この中に入っているかどうか、分かりませんが、東京都の「招致本部」とNPO法人「招致委員会」がCMをはじめとする招致の“機運盛り上げ”のために使ったお金が3年間で、95億円です。萩本欽一氏など多くのタレントを使いました。このうち約3分の2が税金です。招致活動の中心には、大手広告代理店の電通がいたために、宣伝広告費を貰う立場にあるメディアも大きく取り上げなかったようです。
 プレゼンも石原都知事が、「プレゼンは、東京が一番よかった」と言うものですから、招致委員会が作成したものとばかり思っていましたら、実は企画構成はイギリスの代理店に丸投げでした。12年の夏の五輪を開催するロンドンの招致活動費は、60億円だったそうです。たしかに東京都は、金持なので、150億円など何の痛みもないのでしょうが、この感覚が、新銀行東京のデタラメ融資にも、築地の移転にも表れているように思います。石原知事もまさか政権が民主党に替わると思っていませんでしたから、小沢前代表を「国を売った人間だ」とか、鳩山前代表の献金問題を「脱税に近いし、完全に詐欺だ」と散々に罵っていました。それが、政権交代が起こるや、鳩山首相にコペンハーゲンに行って、演説をしてくれとお願いし、帰国するや、その足で鳩山邸を訪問して、出席のお礼を言いに行っています。最初は、皇太子に行ってもらう予定でしたが、宮内庁との仲が悪く、あっさり断られています。
 しかし、東京は、もともと、ちゃんとしたメーンスタジアム用地がないのです。無理な招致だったのでしょう。これに大金をかけました。大阪は、30億円の招致費用で、当時の市長は訴えられました。東京は、どうなるのでしょう。しかし、石原知事のやり方は、今件にかぎらず、鳩山首相が代表時代に言っていたように「傲慢不遜」です。
 中学時代の同級生に多少、成績が良かったのがいたのですが、日頃、大きな口を叩いていて、生徒会長に立候補しました。自分よりも下と思っていた他の立候補者に負けて、落選しました。そのあと、弁解ばかりしていたことを思い出しました。

2009年10月9日金曜日

落選東京の戦略ミス

 以前の招致活動のときには、IOCに効く顔が多かったと言われています。JOC元会長の堤義明氏、ピンポン外交の故・荻村伊知朗元国際卓球連盟会長などのように、国際スポーツ人脈に長けて人たちが多くいたということです。島国日本では、そういう人も育ちにくいのでしょうが、スポーツの国際人も育てる必要があります。今では、柔道の山下泰裕氏などが、そうなるのでしょうが、山下氏は、国際柔道連盟の理事からもはずれています。そして、山下氏を招致大使に任命して、海外のIOC委員に会いに行かせますと、招致大使になったがために招致ルールに抵触しかねないということで、「スケジュール帳からわたしと会ったことを削除してくれ」と言われたと、山下氏が述懐しています。ロビー活動は、こっそりやるべきだということは、世の常識です。
 北島康介氏は、現在の日本のアスリートでは、もっともよく知られている一人と思うのですが、コペンハーゲンには行っていません。もう、最初から諦めていたのでしょうか。室伏氏、小谷氏などで、よかったのでしょうか。スポーツとして、マイナーな気がします。
 また、投票の際のアジア票は19票あります。これを基礎票にして、積み上げていかねばならないのですが、次のオリンピックに名乗りをあげたいところは、今回、アジアで開催されると2020年の開催には不利になるということで、リオなどに投票したようです。また、アフリカ諸国は、リオに流れました。次はサッカーと同じようにオリンピックもアフリカに持ってこよう。そのためには、リオで「南米初」、アフリカで「アフリカ初」の流れを作ろうと考えたのでしょう。
 そう考えて来ると、次にインドあたりが立候補すると、日本での開催の芽はないように思われますが、このIOCの選挙は、国政選挙と違って、現物に近いものが動くようです。要は、スポーツの祭典といいながら、水面下では、もっとドロドロしたものが動くようです。これが、1票を確実にとるためには、有効なのでしょう。東京は、150億円かけて、約20票しかとれませんでした。1票7.5億円です。2012年のロンドンの招致にかけた費用が60憶円と言われています。大阪が30億円でした。これから見ますと、東京が1票とるのにもっとも効率が悪かったといえます。何のための招致活動、招致費用だったのでしょう。
このような「・・初」といったムードを作らせずに、IOC委員が「まいった」というような企画を考えるべきでしょう。今回のプレゼンも、「招致委員会」が作ったものではなく、イギリスの代理店に企画構成などすべて委託したわけです。このために東京の情報が漏れていたとも言われています。
肝心の現地には、多くの委員が高い費用をかけて行き、1着30万円のブレザーを着ていましたが、「東京は何人来ているのだ」と笑われていました。しかし、ロビー活動は、せずにプレゼンのリハーサルばかりやっていたそうです。
 結局は、司令官が悪かったのでしょう。猛省していただきたいものです。たしかに、オリンピック開催は、夢がありますので、夢に終わらせないためには、いかにしたら勝てるかを次の世代に残してほしいものです。

2009年10月8日木曜日

東京、五輪落選

 少し古い話題になりますが、東京が2016年のオリンピック招致に敗れました。1988年では、名古屋がソウルに負け、2008年では、大阪が北京に負けました。日本は、これで3連敗です。2007年9月14日の1次選考では、名乗りを挙げた7都市で1位通過でした。1次選考でバクー(アゼルバイジャン)、ドーハ(カタール)、プラハ(チェコ)が落ち、東京、シカゴ、リオデジャネイロ、マドリードの4都市が残り、今回の決選投票です。
 1回目の投票では、マドリード(28票)、リオ(26票)、東京(22票)、シカゴ(18票)の順で、下馬評どおり、サマランチ前会長も支援し、マドリードが1位通過をしました。下馬評では、日本は最下位でしたが、フタを開けると、シカゴが最下位でした。オバマ大統領夫妻が来て、これです。次いで、2回目の投票では、リオ(46票)、マドリード(29票)、東京(20票)で、マドリードは、1回目から1票しか増えませんでした。リオとマドリードの決選投票になり、リオ(66票)、マドリード(32票)と圧倒的に差をつけました。不思議に思うのは、1回目の投票総数は94票、2回目が95票、3回目が98票と3回目は、1回目よりも4票増えています。なぜでしょう。たしかIOC委員は100何人かいたはずです。東京は、2回目では2票減らしています。シカゴに投票した人の半分を東京に引き込んでいたら、決勝に出ることが出来ていました。コペンハーゲンに行った役員は、何をやっていたのでしょう。最下位にならずに3位になったことで、「これで東京に帰れる」と胸をなで下ろしていたのでしょうか。どうも国際舞台での活動に難があります。
 石原都知事は、プレゼンテーションは東京が一番良かったと自画自賛していましたが、プレゼンテーションの評価は、東京は「質が高い」ですが、シカゴは「詳細で質が高い」、リオは「詳細で非常に質が高い」です。マドリードは「まずまず」で、ここでも日本は、3位でした。また、市民の支持率は東京55.5%で最低でした。シカゴ67.3%、リオ84.5%、マドリードは84.9%でした。都民も今さら、オリンピックという感じで、関心も乏しかったのでしょう。わたしも見たいと思いますが、東京では、無理だと思います。
 今回の落ちた理由を花田紀凱氏(WiLL編集長)は、民主党のせいだと書いています。産経新聞も同じような調子です。花田氏は、「オリンピックなんてのはスポーツ界最大のお祭り、チャンスがあるなら国を挙げて協力すりゃいいのだ」と書いています。この招致活動に税金がどれだけかかっているのか、分かっていないらしいのです。こういう人が、ジャーナリストというのも困ったものです。石原知事などは、大阪が負けた時に、鼻で笑ったものです。東京が立候補していれば、こんな無様なことにならない、と。また、開催を福岡と争ったときも、東京が当たり前と、傲岸不遜な態度でした。今回の東京落選を大阪や福岡の首長は、これ見たことかという発言はしませんでした。立候補で、福岡に負けていて、福岡が落選していれば、石原知事はどう吠えたでしょう。
 石原知事は、IOCでの選定の後の記者会見で、「舞台裏で取引があったために招致に失敗した」と発言をしたことが、リオデジャネイロの招致委員会は、5日、石原知事を名指しで批判し、IOCに正式抗議すると発表しています。4日には、石原知事は、「例えば、ブラジル大統領はかなり思い切った約束をアフリカの(IOC委員)諸君にしたようです。それから、フランスのサルコジ大統領が、戦闘機を買ってくれるならブラジルに入れると言ったとかね。こんなのも手続きの上では違反ではないと言うね」とも放言したようです。(10月8日日刊ゲンダイ)。
 次回は、オリンピックの招致の費用などについて書きたいと思います。