2009年1月5日月曜日

偽メール事件の永田元議員(39)が自殺

 偽メール事件で平成18年に議員辞職した永田寿康・元民主党衆院議員が3日午後6時半頃、北九州市八幡西区里中3のマンションの駐車場で倒れているところを発見されました。同市消防局の救急隊員が現場に行き、マンション敷地内に倒れていた永田寿康・元民主党衆院議員を病院に搬送しましたが、まもなく死亡が確認されました。飛び降り自殺を図ったと見られていますが、福岡県警八幡西署は自殺、事故の両面で調べています。マンションの10階と11階の間の踊り場で遺書が見つかっています。
 永田氏は民主党衆院議員だった平成18年2月、衆院予算委員会で、ライブドアの堀江貴文社長(当時)が、自民党の武部勤幹事長(同)の次男への送金を指示した とするメールを入手したとして、武部氏らの参考人招致を要求しました。後にメールが偽造と判明し、民主党から半年間の党員資格停止処分を受け、同党の前原誠司代表(当時)らが引責辞任。自身も18年4月に議員辞職しました。
永田元議員は、東大卒の旧大蔵官僚で、平成12年の衆院選で千葉2区から出馬して初当選を果たし、議員辞職時は3期目でした。昨年7月には、17年8月の国政報告会で創価学会が不正な選挙運動をしたとの偽った発言をしたとして千葉簡裁から名誉棄損罪で罰金30万円の略式命令を受けていました。永田元議員は昨年11月にも療養中の宗像市の保養施設を抜け出し、手首を切って自殺を図っていたそうです。
 平成18年2月、衆院予算委員会を今も思い出しますが、途中から永田元議員もこの情報は、少し危ないかなと思っていたようです。しかし、前原誠司代表(当時)が国会でも、テレビでもはったりをかますものですから、引くに引けなくなった感じでした。当時の民主党幹部は若手で役職を占め、自信満々でした。危なっかしいなと思われた方も多かったと思います。早く旗を降ろしておけば、永田元議員も議員を辞めなくてよかったでしょうし、ひいては自殺することもなかったと思います。前原誠司代表(当時)や当時の幹部の責任も重いと思います。手首を切ったときもどのようなフォローをしたのでしょう。古傷なので出来るだけ知らないことにしたかったのでしょうか。永田元議員は、早く議員になりすぎたのかも分かりません。江田議員のようにもう少し雑巾掛けをやってから議員になれば、庶民の痛みも分かって、いい議員になったかもわかりません。今は、合掌するのみです。

1 件のコメント:

山田 豊 さんのコメント...

■永田元民主党衆院議員、飛び降り自殺 偽メールで辞職-政治家に限らず人を育てる人が減ってきた?
http://yutakarlson.blogspot.com/2009/01/blog-post_04.html
明けましておめでとうございます。この事件いろいろ考えさせらせますね。私は、民主党の幹部でも誰でも、もっとこの人を育てようと考える人はいなかったのかと思います。無論育てるといった場合、安っぽい対話とか、自主性がどうの項の程度のものではありません。現在、いわゆる組織で働く学校の先生でも、政治家でも、企業人でも、人を本気で育てようという人が減ってきているような気がしてなりません。永田元議員に対しても、たとえば、このeメールの裏を取り、裏を取りきらずに追及しようとしていた、永田議員を厳しく叱責したり、諌めたりするような人はいなかったのかと、残念に思います。また、結果として辞職することになっても、次の機会を狙わせるとか、もっと度量の広い人はいなかったのかと思ってしまいます。詳細は是非私のブログをご覧になってください。